「このアンジヒア草って調理前はどんなものなんですか?」
「実は今日使い切ってしまって、残ってないんですわぁ」
「そうですか……。それじゃ、こっちのヂファサオアって魚は?」
「そっちも、今はなくってねぇ。城下町の市場に行ったらあるかもしれないけどぉ」

 私はこの世界の料理について学ぶために、スライムさんの調理室に来ていた。ここには私の世界にはない食材がたくさんある……と思ったんだけど。

「食材の納品が明日で、今ちょうど食材が何もないんだよぉ」

 タイミングが悪かったみたい。残っていた食材は全部料理に使われていて、それがどんな形だったのかは分からないまま。

「行ってみたらどうだいぃ?」
「城下町ですか?」
「市場にはたくさんの食材が揃っているから、きっといい勉強になると思うよぉ」
「なるほど……」

 魔国の魔王城に召喚されてから、外に出たのはグラフィラ様のお墓に行った時だけ。この世界の事を知るいい機会なのかも知れない。レオさんに相談してみようかな。

「ありがとう、スライムさん!」
「どういたしましてぇ」

 調理室を出る時「がんばってねぇ」と声がかかってきたので、手を振ってあとにする。初めてみた時はそのおどろおどろしい姿にびっくりしたけれど、徐々に慣れてきて、今では料理について情報交換をする仲になっている。

 ちょうど今晩はエミリアちゃんとレオさんと一緒に食事をする日だ。その時に城下町に行って良いか聞いてみよう。私は自分の調理室に向かい、夕食の準備を始めた。

***

「……ふむ、城下町か」

 私の想像とは違い、レオさんは少し難色を示した。今日の晩御飯はチンジャオロースと麻婆豆腐、そして中華風スープ。レオさんの口に合ったみたいだけど、やはりエミリアちゃんにチンジャオロースは不評だった。ちょっと目を離すと肉しか食べていない。私はエミリアちゃんにピーマンを食べてもらうために励ましの声を送り続ける。

「だめ、ですか?」
「いや、だめという訳ではないんだが……あまり治安もいいわけではない。女性が一人で出歩くのは危険じゃないか? コユキはこの世界にはまだ不慣れなことも多いだろうし」

 レオさんは腕を組んで深く考え込んでいる。私の心配をしてくれるとは思っていなかったから、少しびっくりしてしまった。

「それなら、私がついて行きましょうか?」

 机の下から、ひょっこりとエゴールが顔をのぞかせた。

「いいの? エゴール」
「私も城下町に用事がありましたし。案内いたしますよ」
「ふむ……それなら問題ないだろう。コユキを頼んだぞ、エゴール」
「任せてください!」

 レオさんからのOKも出た。

「ありがと、エゴール!」
「……ねー」
「ま、コユキ様にはいつもおいしい料理をいただいてますから。そのお礼ですよ」
「ねえってば」
「エミリアちゃんの残したものだけどね」
「ねーぇ!」
「明日、さっそく行きましょうか」
「やったー!」
「ねえ! わたしもいきたい!」

 穏やかだったはずの食卓は、さっと緊張感に包まれる。全員が硬直しながらも、ゆっくりとエミリアちゃんを見た。

「コユキがいくなら、わたしもいく!」
「エミリアちゃんには、まだちょっと早いかな……?」
「えー! なんで」
「ほ、ほら、レオさんも言ってたでしょ? 城下町は危ないって……」
「エゴールもいっしょなんでしょ? それならだいじょうぶよ!」
「わ、わ、私はコユキ様の面倒を見るのでいっぱいいっぱいですから!」
「わたし、おとなしくしてるわよ」

 私とエゴールの二人がかりでなんとかエミリアちゃんを納得させようとしたけれど、中々うまくいかない。どうしたものかと悩んでいると、レオさんはとても低い声を出した。

「ダメだ」

 エミリアちゃんの肩がびくりと震える。そして、一気に悲しそうな顔になった。

「エゴールとコユキに迷惑をかけるんじゃない」
「でも、でも……」
「この話はもう終わりだ。早く食べなさい」

 今度はしょんぼり肩を落として、エミリアちゃんはピーマンを避け始めた。

「お土産、買ってくるからね? いい子で待ってて」

 エミリアちゃんからの返事はないままだった。

***

(大丈夫だったかな、エミリアちゃん)

 結局、昨日のエミリアちゃんは少し元気がないまま眠りについたらしい。ちょっと悪い事をしたかなぁと思いながら、やはり一国の王女様を気軽に外出させるわけにいかない、と気を引き締める。私はエゴールとの待ち合わせ先に向かう。玄関にたどり着いた時、マントを羽織った小さな生き物の姿が見えた。

「どうしたの? 今日はおしゃれだね」

 深い緑色のマントを来たエゴールが「遅いですよ」と私を見上げた。