お墓には、エミリアちゃんが積んできたお花がお供えされていた。

「ねえ!」
「うわ、びっくりした!」

 いつの間にかエミリアちゃんが背後に迫っていた。

「おかあさまに、エミリアはちゃんとがんばってますって伝えて!」
「はいはい」

 私は手を合わせる。

「エミリアちゃんのお母さん、エミリアちゃんは、今日は頑張ってお魚を食べました」
「うんうん、他には?」
「あと、ほうれん草とトマトのキッシュも食べました」
「え゛? そんなものあったっけ?」
「あ、やっぱり気づいてなかったんだね。食べて偉かったよ、エミリアちゃん」

 つやつやの黒髪を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。私はもう一度手を合わせ、心の中でグラフィラ様にこう語りかける。

――エミリアちゃんが色んなものが食べられるように、どうか見守っていてください。

 エミリアちゃんがいろんなものを食べられるように工夫をする、それはグラフィラ様がやりたかったことに違いない。幼い娘の成長を傍で見ることができなかった無念。それはきっとグラフィラ様にしか分からない。それを、私が代わりにやっている。私も頑張るから、どうかエミリアちゃんの事を見守って、困ったときは導いてあげてほしい。その願いは、心の中でふっと溶けて行った。

「よし、帰ろっか」

 振り返ると、行きと同じようにお弁当を持ったレオさんが私たちの事を待っていた。エミリアちゃんは私の手を握って、うん! と深く頷く。私は心の中でグラフィラ様にお別れを告げて、歩き出していた。

 帰り道、同じように先を歩くレオさんのことを、エミリアちゃんがもじもじしながら見ていることに気づいた。私とつないでいない方の手を、先ほどから開いたり閉じたりを繰り返している。

「ねえ、エミリアちゃん」

 私はレオさんに聞かれないように、そっと声をかけた。

「もしかして、レオさんとも手をつなぎたいの?」

 エミリアちゃんははっと驚いて目を丸めたと思いきや、頬をピンク色に染める。そして、ゆっくりと頷いた。

「いいじゃん、行っておいでよ」

 私がそう促しても、エミリアちゃんにはまだ恥ずかしさがあるのか、もじもじとうつむいたまま。ここは、私が背中を押してあげる番みたいだ。

「レオさん!」

 そう呼びかけると、前を歩いていたレオさんは立ち止まって振り返り、エミリアちゃんはびくりと肩を震わせた。エミリアちゃんは私の顔を見て、口をパクパクとしている。

「エミリアちゃんがお父さんと手をつなぎたいみたいですよ!」

 私の言葉に、レオさんもわずかに驚いた様子だった。少し考えたあと、彼はエミリアちゃんに向かって手を差し伸べた。

「……」

 エミリアちゃんは黙ったまま、私の顔をレオさんの手を交互に見ている。私は「ほら、つなごうよ」と促すと、エミリアちゃんはおずおずと、レオさんの手に自分の小さな手を重ねた。二人の手が、ゆっくり繋がれて、私たちはひと繋ぎになる。

「お弁当はどうだった、エミリア」

 先を歩いていたレオさんが今、エミリアちゃんを挟んで隣にいる。レオさんはエミリアちゃんに向かってそう尋ねていた。

「……ふんっ。まあまあだったわ」
「うーん、まあまあかぁ」

 私ががっくりと肩を落とすと、エミリアちゃんは「でも」と続ける。

「コユキがごはんを作ってくれるようになってから、ちょっと食べられるものだってふえた気がする……」
「良かったな、コユキに来てもらって」
「うん!」

 レオさんは視線をあげて、私を見つめた。

「本当にありがとう、コユキ。君が来てくれたおかげで、私も新たなことに気づくことができた」

 レオさんはエミリアちゃんの小さな手を握り直す。私はゆっくりと首を横に振った。

「私がお手伝いできていることなんて、まだほんのわずかですよ。エミリアちゃんだって、まだまだ先が長そうだし。でも……私は、お母さんが言っていたことを信じてみたいんです」

 レオさんがきょとんと首を傾げるので、私はこの世界に来る直前に見た、お母さんの不思議な夢の話をする。

「その時、お母さんに言われたんです。私の事を【今】必要としている人が、もしかしたらいるかもしれないって」

 それは、私の手とつながっている二人なのかもしれない。

エミリアちゃんの事をグラフィラ様が見守っているように、私の事もきっと、お母さんが見てくれていると思うと、ほんの少しだけ強くなれる気がする。それが今の私の原動力。たとえエミリアちゃんに作った料理を食べてもらえなかったとしても……お母さんが背中を押してくれているなら、私はその歩みを止めることは決してしない。

 それに、早く元の世界にだって戻りたいし……。それは口には出さず、心の中で呟く。そんな私の手を、エミリアちゃんはぎゅっと握った。

「あのね、コユキ」
「ん? なあに?」
「……いつも、ありがと」

 エミリアちゃんの耳が真っ赤に染まっている。自然と私とレオさんの口元に笑みがこぼれる。

「でも、まだまだ道半ばよ~。エミリアちゃんの好き嫌いを早く直さないとね。明日のご飯はお魚にしようかな~! アクアパッツァにサラダとか」
「オサカナ! いや!」
「こら、エミリア。わがままばかり言うんじゃない。……私も一緒に頂こうかな、いいかな? コユキ」

 エミリアちゃんはレオさんが一緒だとわかると、ほんのり顔を綻ばせる。

「もちろん! じゃあ、二人分ですね」
「ねえ、コユキ! コユキも一緒にたべましょ?」
「へ?」
「今日コユキと一緒にごはんたべたら、たのしかったもん! おとうさま、いいでしょ?」
「でも……」

 せっかくの親子の時間なのに。そう思ってレオさんを見ると、彼も深く頷いていた。

「それは名案だ、エミリア。コユキさえよければ、だが……一緒に食べてくれないだろうか?」

 今度は私が頷く番だった。ひとりぼっちでご飯を食べるのにも慣れたけれど、やっぱり、誰かと一緒に食卓を囲む喜びがある。それを今一番知って欲しいのは、エミリアちゃんだった。

「じゃあ、明日もお邪魔します」

 エミリアちゃんもレオさんも、何だか嬉しそうに笑うので、私もそれに釣られてしまった。

 この世界に突然連れてこられて大変なことが多かったけれど……私は今、この手と繋がっている絆の重さを実感している。そして、明日も頑張ろうと思いながら、また一歩魔王城へ歩みを進めていく。あのお城が、今の私の居場所なのだから。



 ――次の日、お魚丸ごとのアクアパッツァを見て絶叫するエミリアちゃんを、レオさんと二人で追いかけ回したけど……それはまた、違うお話。