レオさんは再び、エミリアちゃんの方を向いた。お花を摘み終えた彼女は、グラフィラ様のお墓に手を合わせていた。どんなことを語りかけているのか、見ているだけでは分からない。けれどその横顔は少し寂しそうだった。
レオさんは、私がエミリアちゃんのその寂しさに寄り添えると言ったけれど……きっとあの子と私の寂しさの質は違う。エミリアちゃんには、こうやって一番に考えてくれるお父さんがいるけれど、私の父は正反対だった。我が子を顧みることがなかった父に、私はこんな風に優しく見つめられたことはなかった。
それが、私にとって羨ましく思った。
お墓参りを終えたエミリアちゃんは、東屋に駆け寄ってきた。
「はぁ、おなかペコペコ!」
「もういい時間だな。お弁当にしようか、エミリア」
こんな優しい父親の声音を、私は未だかつて聞いたことはなかった。私にはないもの、家族の暖かさを、エミリアちゃんは知っている。
***
「はい、今日のお弁当です!」
私は風呂敷をほどき、重箱の蓋を開ける。その瞬間、「うわ」というエミリアちゃんの声が聞こえたので、私はとっさに彼女の襟首をつかんだ。
「サカナ! サカナ入ってる! いや!」
「エミリアちゃん、落ち着いて!」
エミリアちゃんの目に入ったのは、小魚のフリット。魚の形がそのまま残っているからエミリアちゃんはすぐに気づいて逃げようとしたけれど、私は先手を打って彼女を捕まえていた。エミリアちゃんはじたばたと暴れているが、これで逃げられまい。
「ひとくち、ひとくちでいいから食べてみて! お願い!」
「いや!!」
私たちがその攻防を繰り広げているうちに、レオさんはその小魚のフリットを摘まみ、口にぽんっと放り込んだ。もぐもぐと満足そうに口を動かしている。
「相変わらず、コユキの作る物は旨いな。これはなんという料理だ?」
「小魚のフリットっていう、から揚げみたいなものです。小魚に小麦粉の衣をつけて、それを油で揚げたんです」
「それに、何だか代わった味がするな」
「食べやすいようにカレースパイスで下味をつけたので、それかもしれません」
「そうか。エミリアも食べなさい、ほら、あーん」
レオさんはもう一匹摘まみ上げて、エミリアちゃんの口元に差し出す。
「いーーやーー!!!!!」
エミリアちゃんの叫び声が、お城にまで聞こえそうなくらい響き渡る。
「お母様に頑張っている姿を見てもらおう、せっかく近くまで来たのだから」
暴れていたエミリアちゃんは途端に大人しくなる。優しそうにほほ笑みながらそう話す父親に対して何も言えなくなってしまったのか、おずおずと口を開けた。レオさんは、その小さな口にフリットを入れた。
エミリアちゃんは最初、やっぱり無理!と言わんばかりに顔をしかめたしたけれど、噛んでいるうちに……表情を少しだけやわらげた。
「どう? 美味しい?」
私がそう聞くと、ふんっ!と鼻を鳴らす。
「ま、わるくないんじゃない?」
その中々素直じゃない様子に自然に笑みがこぼれる。エミリアちゃんはそんな私を見て「なんでわらうのよ!」とちょっとだけ怒っていた。
「ふふ、良かった。他のも食べてね」
今日のメニューは、
・小魚のフリット
・ほうれん草とトマトのキッシュ
・かぼちゃのきんぴら
・にんじんしりしり
・サラダと卵焼きの巻き寿司
・ブロッコリーと鮭のおにぎり
これでもかと言うくらい、野菜と魚で攻めてみた。最近食べられるようになったカボチャも忘れずに。
キッシュにはケチャップをかけたら、思っていた以上にエミリアちゃんは食べてくれた。一口サイズに切ったから、野菜が入っていることに気づいていないのかもしれない。けれど、私はその姿を見て、小さくガッツポーズをする。している瞬間をレオさんに見られて、ちょっとだけ恥ずかしかった。
ただ、サラダと卵焼きの巻き寿司に入っていた野菜はレオさんにバレないように取り除いていたし、ブロッコリーと鮭のおにぎりも、大きなブロッコリーと鮭の塊を指でつまんで取っていたから、まだまだ先が長そうだ。けれど、それでも食べてくれることは増えてきた。
レオさんは、どれも美味しいといって食べてくれた。彼はいつの間にかおにぎりが好物になっていたみたいで、パクパクと食べていってしまう。その勢いを見ていると、私もお腹が空いてきて、つい食べ過ぎてしまった。たくさん作り過ぎてしまったと思ったお弁当だったけれど、気づけばあっという間に空になってしまっていた。
すっかりお腹いっぱいに私は吹き抜ける涼しい風を浴びながら、大きく息を吐く。甘い花の香りが漂ってくる。どこからだろうと思ったら、グラフィラ様の墓標からだった。私は導かれるように立ち上がる。
「あの、私もグラフィラ様にご挨拶してきてもいいですか?」
私がそう聞くと、レオさんは頷いた。私はゆっくりとした足取りでお墓に向かう。