俺は自宅の裏手にある祠にやって来た。

 ここに水燐竜王ことリンがいるのだ。

 祠の中に入ると、

「あ、久しぶり~」

 リンが嬉しそうに笑って、走ってきた。

「ああ、しばらくだな」

 前に会ったのは、パワーレベリングのことを教えてもらったときだ。
 それ以来だから、もう一か月くらいになるのか?

 もう半年くらい会ってないような感覚があった。
 が、今はしみじみしている場合じゃない。

「実は、お前に聞きたいことがあって来たんだ」

 俺はさっそく本題を切り出した。

「ん、何? 何?」
「もう気づいてると思うけど、突然ドラゴンの大群が現れた」
「いや、気づいてなかったよ。さっきまで寝てたし」

 ふあ、とあくびをするリン。
 あいかわらずユルい奴だ……。

「気づいてなかったのかよ」
「ドラゴンの大群かぁ」

 つぶやくリン。

「ま、そういうこともあるよね」
「いや、ないだろ。各国の都市が数十体単位のドラゴンに襲われたんだぞ」
「へえ、随分と多いね」

 リンが言った。

「ちょっと探ってみようかな」

 言って、リンが目を閉じる。

 シュンッ……!

 周囲の空気が張り詰め、彼に向かって収束していくような感じがあった。
 リンの『力』が高まっていくのが分かる。

「――なるほど、ね」

 しばらくして、リンが目を開いた。

「どうやら、竜王の封印が解けたみたいだ」
「竜……王?」

 俺はリンをまじまじと見つめる。

「それって――お前以外の、か?」
「そうだね。風を司る『風翼竜王(ふうよくりゅうおう)』だ」



「お前と同じ竜王か……じゃあ、各地に現れたドラゴンは、そいつの部下ってことか?」
「そうだろうね」

 と、リン。

「なんで、突然竜王なんて代物が復活したんだ?」
「それは分からない。確か風翼竜王は、ずっと昔に勇者と戦って封印されたはず。それが何かのきっかけで解けたんだろうね」

 リンが言った。

「風翼竜王は人間が大嫌いだから、手下を使って町を攻撃したんじゃないかな」
「人間が大嫌いって……」
「以前、勇者と戦ったときも『人間が嫌いだから、ちょっと世界を滅ぼしてくる』とか言ってたし」
「いや、気軽に言ってくれるな!?」

 思わずツッコミを入れる俺。

「まあ、そういう気分だったんだろうね」
「割と軽いノリで世界を滅ぼそうとするんだな、竜王って……」
「だって竜の王だもの。人間なんて歯牙にもかけないよ」

 リンがにっこりと笑う。
 が、その目は笑っていなかった。

 そう、にこやかで、親しみやすくて、優しそうにすら見えるこいつだけど――竜なんだ。

 人間とは、別の種族なんだ。
 人間とは、別の価値観を持っているんだ。

 そして――人間の味方、ってわけじゃないんだ。



「なるほど、君の力は水燐竜王から受け継いだものだったのか」



 背後から声が聞こえた。
 かつ、かつ、と足音が近づいてくる。

 この声――。

「ランディ……!?」

 前方に銀髪赤目の美少年が立っていた。

「突然、学園からいなくなるから、どこに行ったのかと思って探したよ」
「お前、どうしてここに――」
「君の気配をたどったんだよ」

 笑うランディ。

「で、そっちが水燐竜王か。人化していても、すぐに分かるね」
「やあ、久しぶり」

 リンがランディに手を挙げた。

「えっ、ランディを知ってるのか、リン?」
「ランディ? 彼の名前かい?」

 リンはキョトンと首をかしげた後、

「人間としての名前は知らないけど、彼は古い知り合いさ」

 ん?
『人間としての』って、どういう意味だ?

 まさか――。

 俺はあらためてランディを見据える。

「懐かしいよ、氷燐竜王」

 そのランディが笑った。
 大気が細かく震える。

 ボウッ!

 ランディの全身が光を発した。

 次の瞬間、雷をまとった竜の姿へと変わっていた。
 黄金の鱗をまとった美しく、しなやかな体をした竜。
 全長は七、八メートルくらいだろうか。

 ドラゴンとしては小さい方だが、押し寄せるプレッシャーは並のドラゴンの比ではない。

「ぐっ……!」

 俺は反射的に後ずさっていた。

 気圧されている。
 この俺が。

 リンからレベル1000の力を授かって、初めて――。
 気が付けば、全身が震えていた。

「こいつ……っ」

 ごくりと息を飲んだ。

 ランディの強さの一端が、分かる。
 本能的に分かる。

 こいつ、おそらくは俺よりも――。

「びっくりした顔だね、レオン。黙っていて悪かったよ。俺の正体を」

 ランディが口の端を吊り上げた。
 おそらく笑っているんだろう。

「君とはいい友だちになれそうだと思った。だから、正体を明かさなかった。けれど――こんなに早く風翼竜王が復活するとは思わなかったよ」
「ドラゴン……だったのか」
「ああ。俺の称号は『雷鳴竜王』」

 告げるランディ。

「世界最強の七大竜王――その一体さ」

 つまりは、リンや風翼竜王って奴と同格の存在か。

「次から次へと竜王が出てくるんだな」
「ああ、俺も驚いているよ」

 と、ランディ。

「……お前は敵なのか、味方なのか」
「さあ、どっちだと思う?」

 ランディが笑った。
 攻撃的な笑みだった。

 ぴりぴりと空気が痛い。
 目の前の竜から、急激に殺気が吹き付けてくる。

 人間の姿だったときには感じなかった、殺気だ。

「少なくとも――味方じゃないな」

 ランディが言った。

「竜王の目的を教えてあげようか。世界の支配、もしくは破滅だ」
「なんだと……!?」
「だから、邪魔になるものはすべて叩きのめす。破壊する。殺しつくす」

 ランディが目をスッと細めた。

「俺も、風翼竜王もそうするだろう。そして、そこの――」

 と、リンを見る。

「……リン」
「ははは、僕はそんな野蛮なことはしないよ」

 笑うリン。

「少なくとも、今はね」
「今は、かよ」

 まったく、どいつもこいつも。
 俺は唇をかんだ。



 どごぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおんっ!



 そのとき、爆音とともに祠全体が揺れた。
 爆風が、衝撃波が、祠の内部に押し寄せる。

「ちっ……!」

 ランディが舌打ちした。

「【プロテクション】」

 と、呪文を唱えるランディ。

 同時に彼と、俺やリンの周囲が防御フィールドに包まれた。
 次の瞬間、祠は跡形もなく吹き飛んだ。

「と、突然、なんだ――」
「どうやら、ここをかぎつけたのは俺だけじゃないようだね」

 ランディが言った。

 その視線の先は、空の彼方。
 上空高くに、巨大な竜がいた。

 全身が翡翠色をした美しい竜だ。
 四対の翼を羽ばたかせて宙を舞っている。

「風翼竜王のおでましだね」

 リンが微笑んだ。

「また、竜王か」

 俺は苦笑した。

 どうやら本格的に『世界の危機』ってやつなのかもしれないな。
 その中で、俺はどうするべきなのか――。

「立ち向かうしか、ないよな」

 再就職のために冒険者を目指す冴えないオッサン――それがこの俺だ。
 そのはずなのに。

 もしかしたら、ここから俺の英雄伝説が始まるのかもしれないな。

「ま、死なない程度に――やらせてもらうぞ!」


※ ※ ※

これにて第一部完結となります。
本作はグラスト大賞に応募しており、エントリー締め切り後は基本的に更新できないみたいなので、ここでいったん一区切り。
続きは賞の結果を見てから、また考えたいと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!