「一回戦第七試合――ヴァーミリオン・ライドルVSレオン・ブルーマリン!」

 審判が高らかに宣言する。

 おおっ、と観客――生徒や教師、それに各冒険者ギルドのスカウトたち――がいっせいにどよめいた。

 特にスカウトの目当てはヴァーミリオンだろう。
 学内ランキング一位にして、入学以来無敗――学園最強の絶対王者だ。

「さて、ヴァーミリオンの初戦か」
「対戦相手は何分持つかな……」
「いやいや、何秒の間違いだろう」
「ああ、それほど彼の実力は学園内で図抜けている……」

 スカウトたちの声が聞こえた。

 俺はそんなヴァーミリオン十十メートルほどの距離を置いて対峙していた。
 炎のような赤い髪に野生的な美貌。
 小柄な体には不釣り合いな、長大な斧槍を装備している。
 長さ三メートルくらいはあるんじゃないだろうか。

「お前もなかなかの実力らしいが、今日は相手が悪かったな!」

 学園最強が笑う。
 自信たっぷりに。

「この俺には誰にも勝てん。だが、悲しむ必要はないぞ。俺が強すぎるだけだ。お前は決して弱くない」

 ヴァーミリオンが淡々と語る。

 俺を見下している、というのとは少し違う。
 ただ事実をそのまま告げているだけ、という感じだ。

 絶対の自信と、それを裏打ちする実力を感じさせる雰囲気。
 学園最強の絶対王者――か。

「試合開始!」

 審判が宣言する。

「いくぞ、オッサン! 【加速】!」

 同時に、ヴァーミリオンが突っこんできた。
 その名の通り加速力をアップさせるスキル【加速】を使い、超スピードで迫る。

「【剛刃(ごうじん)】!」

 長大な斧槍がうなりを上げて振り下ろされた。

【剛刃】――斬撃のパワーを上げるスキル【剛剣】の他武器バージョンである。

「圧倒的なパワーによる一撃必殺の攻撃が持ち味、だったよな」

 俺はヴァーミリオンの情報を頭の中で反芻する。

 並の腕力なら、この一撃を受け止めることも、いなすこともできないだろう。
 武器ごと叩き壊されるのがオチだ。

 かといって、間合いを詰められての超スピード攻撃は回避するのも厳しい。
 まさに防御も回避も不能の一撃必殺。

「けど、俺のパワーなら――」

 受け止めてみせる。
 俺は動体視力をフルに発揮し、奴の攻撃を見切ろうとする。

 ぶんっ……!

 その一撃が、空を切った。

「えっ……?」

 いや、違う。

 ヴァーミリオンが、俺に当てる直前で斧槍を引いたのだ。

「……お前」

 その表情が変わっている。

 はっきりとこわばっていた。

「なんだ、お前は……その力は……」

 俺を、警戒しているのか……?

「さっきまでは感じなかった……だが、今は……なんだ、まるで竜の――」

 ぶつぶつとつぶやいている。

「一体、何者だ――」

    ※

「一体、何者だ――」

 ヴァーミリオン・ライドルは警戒を強めた。

 相手はただのアラサー男。
 最近、学園で騒がれているが、しょせんはマグレで上位難度ダンジョンをクリアしただけ。

 そう考えていた。
 その印象は控室で会ったときも、さほど変わらなかった。

 だが今は――違う。
 彼から得体のしれない威圧感を覚えていた。

 レオンの姿に重なって、竜のような姿が見える。

 実際に竜がこの場にいるわけではない。

 ヴァーミリオンの脳内に浮かび上がるイメージ映像のようなものだ。

 なぜこの男から『竜』を感じるのか。

「くっ……」

 半ば無意識に後ずさる。
 それからハッと気づいた。

(俺が――この学園最強のヴァーミリオン・ライドル様が、こんなオッサンに気圧されている――だと……!?)

 あり得ない。
 あってはならない。

 自分は王者なのだ。
 この学園における『絶対』の存在なのだ。

 誰にも負けるわけにはいかない。

 無敗のまま卒業し、伝説を作って冒険者業界に殴り込みをかける。
 そして最短距離で、史上最強の冒険者の称号を手に入れる。

 それが、彼が将来に思い描く夢であり、ヴィジョンだった。
 こんな冴えないオッサン相手に敗北し、その伝説に傷がつくなど――。

「あってはならないんだよぉっ!」

 叫んで、ヴァーミリオンは走り出した。

 とはいえ、今度は一直線にレオンへと向かっていくことはしない。
 むしろ、距離を取った。

 レオンの周囲を走り回りながら、炎や雷の呪文を乱発する。

「へえ、魔法も色々使えるんだな」

 レオンがつぶやいた。

「【シールド】」

 と、防御魔法を展開するレオン。

「俺の魔法連打を基礎防御魔法だけで防ぎきるつもりか? 舐めるなぁっ!」

 ヴァーミリオンはさらに呪文を連打した。

 三十発。
 五十発。
 百発。
 二百発――。

「終わりだ――【エクスファイア】!」

 最後の仕上げに、上級火炎魔法を放つ。

 ぐごおおおおあああぁぁぁんっ!

 大爆発が起こった。

 試合場が爆炎と黒煙に覆われる。
 対戦相手の姿すら見えない状態だ。

「いくらダメージ軽減装置があるとはいえ、さすがに大けがさせちまったか……?」

 ヴァーミリオンは後悔した。

 相手に気圧されて、必要以上に攻撃してしまった。

 今の一連の攻撃は『試合用』のものじゃない。

 モンスターなどを相手にした『実戦用』のものだ。

 これはあくまでも試合なのだ。
 対戦相手を傷つけたいわけじゃない。

「わ、悪かった……おい、大丈夫か」

 ヴァーミリオンは心配になって黒煙の向こう側に駆け寄る。

「あれ? 気遣ってくれたのか?」

 そこには無傷のレオンが立っていた。

「乱暴者かと思ったけど、そういう一面もあるんだな、お前」
「な、なんだと……!?」

 ヴァーミリオンは呆然と立ち尽くした。
 今の一連の攻撃は上級モンスターすらボロボロにするレベルだ。

 それが――まさか無傷とは。

(人間か、こいつ……!?)

 ヴァーミリオンの中で疑念が膨らむ。
 レオンが放つ気配は明らかに人間のそれとは異なっている。

 さっき見えた『竜』のビジョンは、イメージ映像などではなかったのかもしれない。

 この男は竜そのもの――!?

 ヴァーミリオンがそう感じとれるのは、彼自身も『人間外』の因子を保有しているからだ。

 彼の血の中には、わずかだが『竜族』の血が混じっていた。
 遠い祖先が、竜と交わったんだとか。

 ヴァーミリオンの人間離れしたパワーとスピード、そして魔法力はいずれも血の中に混じる竜のそれのおかげだ。
 通常スキルである【加速】と【剛刃】のコンビネーションが一撃必殺になり得る理由もそこにある。

 竜の因子による爆発的なパワーとスピードを、スキルでさらに上乗せしているからこその――一撃必殺なのだ。

 竜の因子とはそれだけ絶対的な力を秘めていた。

 だが、目の前の男は――。

 レオンは。

 まるで……竜そのもののような異常な威圧感を放っている――。

    ※

「ば、馬鹿な……お前は何者なんだ……!?」

 ヴァーミリオンが呆然とした顔で後ずさっていた。

「さっきも同じ質問したよな、お前? いちおう答えておくと」

 俺はダッシュで間合いを詰める。

【加速】スキルとかじゃない。
 普通に、走り寄っただけだ。

 とはいえ、レベル1000のステータスによる本気ダッシュは【加速】スキルなんて問題にならないほどの超絶加速だった。

 一瞬で間合いを詰める。

「くっ……!」

 慌てたように斧槍を振り下ろすヴァーミリオン。

 がしんっ。

「な、な、な……!?」

 ヴァーミリオンが呆然とした顔になった。

 振り下ろされた一撃を――俺は素手で受け止めている。

 防御スキルの類ではない。
 単純に腕力だけで、奴の攻撃を止めたのだ。

 さすがに斧の刃の部分を受けたら切れちゃうので、奴の手首辺りをつかんでいる。

「ぐぐぐぐ……ば、馬鹿な、ビクともしない……っ!?」
「パワー差がありすぎるみたいだな」

 俺は小さく苦笑した。

「はあ、はあ、はあ……」

 ヴァーミリオンの方は斧槍をなんとか動かそうと汗だくだ。

「どうする? 降参するか?」
「ふざけるな! 俺は学園最強だ! 降参するくらいなら玉砕してやる!」
「へえ」

 これだけのパワー差を見せつけられても闘志を失わないとは。

「じゃあ、その闘志に敬意を表して――」
「おおおおおおっ!」

 ヴァーミリオンがふたたび突進してきた。

「正面から打ち破るか」

 ボウッ!

 俺の全身からオーラが立ち上る。

 一撃。
 今度こそヴァーミリオンは倒れた。

 文字通り正面から玉砕して。