「はあ、冒険者学校やめてぇ……」

 俺はため息をついた。

 冒険者学校に通い始めてから一週間。
 ジェイルやその取り巻きに馬鹿にされる日々が続いていた。

 どうも奴らは、俺のようにいい年して入学してきたアラサー組やアラフォー組が気に入らないらしい。
 奴らに目の敵にされ、嫌がらせを受け──俺と同年代や上の年代の生徒はこの一週間の間に、二十人以上が辞めている。

 俺もそろそろ心が折れそうだった。

 とはいえ、学校を辞めたところで、他に就職のあてもない。

「やるしかないんだよなぁ……けど毎日馬鹿にされて、ストレスがががが」

 二度目のため息をつきながら、俺は自宅の裏手にある祠にやって来た。

 ここの掃除は、もう十数年来の日課である。
 祭っているのは、先祖代々に伝わる古い竜の神様らしい。

 古代文字で書かれていて、なんて名前なのかも読めないが……。

「どうか、冒険者学校でうまくやっていけますように。俺が最強の冒険者になって、ジェイルとかをブッ飛ばせますように。可愛い女子生徒たちからモテモテになりますように」

 祈ってみる。

 ちなみに、こうして祈るのも十数年来の日課だ。

 ああ、本当に竜の神様でも出てきて、俺の願いをかなえてくれねーかな……。



「いいよー」



 突然、声が聞こえた。

「ん?」

 目の前の神像が──光ってる!?

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!

 その光が弾け、俺の前に一人の少年が現れた。

 青く透き通った髪に爽やかな笑顔。
 顔立ちは整いすぎるほど整っていて、まるで後光が差しているかのよう──。

「っていうか、本当に後光が差してる!」

 まさか、神様……?

「神様じゃなくて竜王だね。ま、同等以上の力があるし、さっき言った願いを叶えるくらいなら余裕でできるよ?」

 少年が微笑む。
 ジェイルなんかとは比べ物にならないほどのイケメンだ。

「えっと……あんたは、一体……」
「だから竜王だってば。七大竜王の一体、水燐竜王(すいりんりゅうおう)
「七大……竜王?」
「暗黒、閃光、混沌、火炎、水燐、雷鳴、風翼──それらを称して七大竜王と呼ぶ。かつて神や悪魔、巨人たちと戦い、その果てに敗れ、この地から勢力を失った存在──」

 厳かに告げる竜王。

「といっても、この時代の人間のほとんどは七大竜王の存在すら知らないんだね。神や悪魔が幅を利かせて、竜はすっかり名声を失ってしまった……」

 コメントが悲哀にあふれている。

「だから、君みたいに僕の祠を丁寧に掃除してくれる者がいることが嬉しいんだ。それに、毎朝僕に手を合わせてくれてたでしょ。あ、まだ僕のことを忘れずにいてくれる人がいるんだなぁ、って」

 ……単なる習慣で手を合わせてただけなんだが。
 まあ、喜んでくれてるんだし黙っていよう。

「で、お礼がしたいと思ってね」
「お礼?」
「君、『力がほしい』なんて言ってたでしょ? 僕の力を分けてあげるよ」

 竜王がふたたび微笑む。

「人間の中で最強にするくらいなら、わけないよ」
「ほ、本当か!?」

 俺は思わず身を乗り出した。

「あのジェイルにも勝てるのか?」

 いや、でもそんなうまい話があるわけないか。

「僕なら簡単にできるってば。信用してよ」

 少年竜王が熱弁する。

「僕は竜王だよ、竜王。神話の戦いでは、神や悪魔、巨人たちをも上回る最強にして万能の存在だったんだ。全知全能ってやつさ」
「でも、負けたんだろ? 全知全能な存在が負けたりするのか?」

 素朴な疑問だった。

「っ……! そ、それは、ほら、ちょっと油断したっていうか、いい気になってたっていうか……」

 なんか『痛いところを突かれた!』って顔してるな、こいつ。

 本当にそんなすごい存在なんだろうか。
 疑わしくなってきたぞ。

「あ、疑ってる! めちゃくちゃ疑ってる顔だ!」

 竜王が叫んだ。

「ええい、論より証拠! 【レベルアッパー】!」
「う、うわっ!?」

 体中から力があふれてきた。

「君のレベルを底上げしてあげるよ。そうだね……レベル100くらいになれば、英雄とか勇者とか呼ばれるような力を身に着けられるんじゃないかな」
「じゃあ……それで」

 半信半疑のまま頼む俺。

「りょーかい! じゃあ、レベル100まで一気に上げるよ~! 【レベルアッパー・範囲確定】!」

 俺の全身に光があふれる。

「おおおおおおおおおおおっ、力がもっとみなぎってきたぁ!?」
「それ、レベル100に──って、あれ?」

 竜王が首をかしげた。

 どうした?
 まさか、トラブルか!?

「トラブル、というか、その……」

 竜王はバツが悪そうに頭をかいた。

「久しぶりに術を使ったから、勢いあまってレベル1000にしちゃったよ。ごめんごめん」
「へっ?」
「人類史上最強の戦士の誕生だね。いやー、ちょっぴりやりすぎちゃった」

 竜王が笑っていた。