「でも駿吾ってさ、やさしいっていうか、変に真面目っていうか、なんか自分の優先順位を下げてる所あるよね?」

 かつての苦い記憶に思いを巡らせていると、和華乃さんが言ってきた。

「アタシのアパート、駅から結構遠かったよ? それを下心無しでおぶっていけるってスゴイと言うか、ありえないと言うか……」
「…………」
「あっ、いや違うよ? これはディスってるんじゃなくって……ただ、それで辛い目にあってないか心配になっちゃって」
「それは……」

 はっきり言って、なっている。僕は"いい人"である上に、なまじ仕事ができた。だから無茶振りされることも多い。夕方に「今日中ね」と仕事を振られ、社内規定ギリギリの時間まで残業して終わらせる。翌日そのやり直しを命じられ、昨日の残業時間以上の手間を掛けて仕上げる。それが終わることにはまた新しい「今日中ね」を渡される……。
 先輩方は「働き方改革でこれでもだいぶマシになった」と言う。日本語に翻訳すると「この程度で音を上げるな」だ。その言葉にまたせっつかれ、社内規定の時刻までデスクにかじりつく。断ればいい、そんな事はわかっている。実際断っている同僚もいる。そしてそういう奴の方が僕より評価が高いことも、なんとなく気づいている。それに嫌気がさした。そしたら今朝、たまたま東京行きの快速より、高尾行きの方が先にホームへ入ってきた。

「……たぶん、ご想像の通りですよ」

 片思いの相手に愚痴る気にもなれず、遠回しな答え方をした。

「そっか」

 それに短く返す和華乃さん。その声色には、逆方向の電車に乗って以来、どこかで後ろめたさを感じていた僕を受け入れてくれるような暖かさがあった。

「よーし、今日は飲んで食べて、そういうの全部忘れちゃおうぜ! アタシもそうするから!」

 アタシ"も"、か……。それって。

「えっと、和華乃さん」
「ん?」
「和華乃さんはその……誰かのお葬式の帰りだったんですか?」

 訊いてはいけないだろ、とは思った。けど、訊いておきたかった。

「ハハッ! やっとツッコんでくれたよ~。観光地の喪服女、どう思われてるか気が気じゃなかったんだから!」

 意外にも明るい反応。だけど……

「 んー……まあそんな所。甲府にいた親戚のおばちゃんが、ちょっとね」

 和華乃さんは僕の目を見ない。

「昨日式があって、今日まで休み取ってたから……東京戻る前にちょっと寄り道を……ってね」
「そうだったんですか」

 嘘だ。着替えもなく、その小さなハンドバックひとつで泊まり? いくら察しの悪い僕でも、流石に分かりますよ……。