明くる朝のことである。清涼殿に顔を見せた中将は帝がいつになく上機嫌であることに気がついた。

「おい、どうした、気持ちが悪いくらいに機嫌がいいじゃないか」
「おはよう龍。そうさ、私は今日、これまでの人生で最も機嫌が良いと言っても過言ではない」
「へぇ、何があった」

 帝の顔つきを見て中将には何があったのか大方わかったようである。

「龍、私はこの時のために帝になったのだとさえ思う」
「おいおい、大袈裟だな」

 帝は押し黙って思案したような顔になるとしばらく沈黙した。それから、涼やかな瞳で前を見据える。

「龍、右大臣殿を呼んでほしい」
「呼ばなくとも来るだろうよ、あのジジイに用があるのか?」
「右大臣殿はこの朝廷にあって珍しく筋の通ったお方だ。野心はあるが、愚物ではない。私の提案をきっと飲む。私も彼のことは信用に足る人物だと思っている」
「おまえが何を考えているのか俺にはさっぱりわからないがな、良いことなのだろうな」

 中将の言葉に、帝は深く頷いた。

「良いことだ」

 ほどなくして右大臣が姿を見せた。年を重ねてはいるが精悍な顔つきの男である。

「お呼びですか」
「あなたに相談事がある。十年ほど前に近江の国を治めていた国守に覚えはないか?」

 右大臣は少し思案したような顔になり、思い出したかのように頷く。

「真面目で歌の上手い男でした。流行り病で亡くなったそうで、都に戻れば良い働きをしてくれたことでしょう。惜しいことをした」
「その国守のことで、折り入ってあなたに相談がある」

 帝の提案に右大臣は口角を持ち上げた。

「なるほど、それは私にとって願ってもない話だ」
「私はあなたの才を買っている。仮に大きな力を得ても愚かな使い方はなさいますまい」
「帝にそこまで評価していただけるとは、有難いことでございます」
「あとは手続きのほど、よろしく頼む」
「承りました」

 右大臣は深々と頭を下げて清涼殿を後にした。