「優弦のどこがいいんだ。悲田院だの施薬院だの、そんなものに力を入れてどうする? 国中の貧しい者が大挙して押しかけるのが関の山だ。馬鹿者め」

 貧しい者はみな怠け者といわんばかりだ。

 施す施設ではない。仕事を教え、生きる術を教えるための施設の意味が、何故わからないのだろう。

「あの者たちは私たち貴族とは違うんだ。知恵もない」

「あなたって寂しい人ね」

 貴族の身分を取ったら何も残らない人。

「左大臣の犬になって結局捨てられるのよ。あの狸親父は自分のことしか考えていない。弘徽殿の女御だって駒に過ぎないわ」

「左大臣など信用しておらぬ。私はね小雀、敦茂親王になんとしても帝になってほしいんだ。それだけだよ」

 にやりと口元を歪めた冬野中納言は、じりじりと間合いを積めてくる。

 小雀は拳を握った。
 この前の夜は不覚をとってしまったけれど、今日は負けない。

 こんな時のために袖の中に器を隠してあるのだ。

 覆い被さってくる中納言に、思い切り袖を顔面に叩きつけ、ゴンと鈍い音を立てたところで、一気に股間を蹴り上げた。
 佐助に教わった護身術だ。

「うっ」
 冬野中納言はうずくまり、小雀はにんまりと笑う。

(なめてもらっちゃ困るのよ。私は夜盗紅鬼子の花鬼なんだから)