「そういえば、そもそもなぜそんなことになったのでしょうね」と誰かが聞けば、苦笑いを浮かべた頭中将(とうのちゅうじょう)が額に手を当てた。

「面目ない。昨日、宴のあとに笹掌侍に恋文を渡しましてね、それが夕凪(ゆうなぎ)にばれてしまいまして」
 夕凪とは弘徽殿の女房で頭中将の元恋人である。彼のほうはすっかり冷めてしまったが、彼女のほうは未練があるらしい。よくある話だ。

「それで喧嘩になったらしく、もみ合ううちに取れてしまったらしいのです」
「なるほど。頭中将も罪なお人ですなぁ」
 あの豊かな髪が髢だったとは興ざめだという男もいたけれど、頭中将は可愛いではないかと笑う。太っ腹の男だ。

「しかし『髢の何が悪いの? 皆さんお世話になるでしょう!』はよかったですね」
「ああ、小雀でしたっけ。最近入った麗景殿の女房ですよね」

 そこから小雀の話題になった。
 五条の花橘の姫ですよと誰かが言えば、あそこは女所帯のはずが屈強な門番がいたりして誰も恋文の返事をもらったことがないという。
 奥ゆかしい姫もいいが、あのように元気な姫も魅力的だと誰かが言った。

「にこにこと愛くるしい姫ですよね」と言った頭中将の言葉に、冬野中納言が「ほぉ」と興味深げに話に分け入って来た。
 彼の姉は、弘徽殿の女御が産んだ敦茂親王の乳母である。左大臣家と縁が深い。

 後宮にはふたつの派閥がある。左大臣派の弘徽殿と、右大臣派の麗景殿。