パキッ。

突然、前方で床に砕けたガラスを踏む音が鳴った。

瞬く間に、雑音は止み、映像も消えた。

周囲はただ白いだけで、視力は意味をなさない。

耳で周囲をくまなく確認していく。

パキッ。

再び鳴った。

パキッ。

その音は、ゆっくりと、私に近づいている。

パキッ。

耳が、その音の正体がもう目の前にいることを知らせる。

目の前にじわりと黒い影が現れた。

黒い影は、獣のような荒々しい呼吸をしている。

悪魔だと確信した。

ようやく、妻と娘のもとへ行けると思い、心が穏やかだった。

そして、遂に姿が見えた。

一匹の犬、ドーベルマンだった。

毛並みは黒く、長い尾は垂れ下がり、尾の先が僅かに上を向いている。

悪魔は、わざわざ、私の苦手な犬に姿を変えてきたのだろうか。

人によって、悪魔は姿を変えるのだろうか。

私は、目を閉じて、殺されるのを待った。

あれ程、怖かった犬が目の前に居るのに、私は、とても穏やかだった。

これで終わると思うと、洞窟を抜けた先に青空が広がっているような、心地よささえ感じる。

ゆっくりと深呼吸した。

その時を待つ。

突然、右肩をがしっと掴まれる感覚に襲われた。

遂にその時が来た。

「大丈夫ですか」

男性の声が聞こえ、掴まれた右肩を大きく揺さぶられる。

私は、人の声が聞こえる事は予期していなかった。

不意に目を開けて、その声の聞こえた方向を見た。

そこには、一人の男性が立っていた。

男性は警察官の装いで、胸元には、バッジが付いている。

目の前に居る犬は、首輪を付け、リードに繋がれている。

リードは、その男性が短く持っていた。