おぼつかない手先でコードをひとつひとつと押さえては弾いていく。

この曲を川で初めて聴いた、あの時。

体が癒されていくのを感じた。

しかし、今はもう、この一夜の出来事を思い出させる、悪魔の旋律のように思える。

到底、癒しなんて感じられない。

時折、コードを押さえる力が弛み、音が淀む。

いたるところに血がこびり付き、死体が何体も横たわる店内では、淀んだ音で丁度良い。

繊細な音色は合わない。

ギターを演奏していれば、霧の中の悪魔は、私に気がつくだろう。

それでいい。

私は悪魔に殺される。

これで私は妻と娘に会える。

早く悪魔よ、来い。

自殺をためらった弱くて惨めな私を早く殺してくれ。

妻と娘に置いていかれるのだけは嫌なんだ。

独りはもう嫌なんだ。

ふと、妻と娘の笑顔が脳裏に浮かぶ。

しかし、それも束の間、その笑顔はじわじわと、絞殺した時の表情に変化する。

それを払い除けるように、弦を強く弾く。

歪んだ音が鳴り、弦は波打つ。

突然、レストランの出入り口の扉が静かに開いた。

来た!

心の中が期待で一杯になる。

まるで、映画を見始めたような好奇心と高揚感だ。

店内に霧が漏れ入る。

見る見るうちに、出入り口は真っ白な霧に満たされた。

演奏を間違えたら、悪魔がどこか行ってしまうのではないかという思考にかられる。

私の脳は明らかに根拠の無い試練をかせた。

間違えたら、妻と娘とあの世で会えない。

それは絶対避けなければならない。

私は、夢中で、ギターを演奏していく。