倒れた拍子に座禅が崩れ、足が、だらんと伸びる。

郷珠は、仰向けのまま合掌を続けている。

足が動く。

右足首を左足の膝の上に乗せた。

おそらく、座禅を組もうとしたのだろう。

私は、その郷珠の焼身する姿に、これまで生きてきた中で何よりも恐怖を感じていた。

この壊れそうに動揺する思考。

脳が何かに例えようとするも、この光景に当てはまる言葉が出てこない。

名称の無い光景を脳はただ強い恐怖として捉える。

いや、恐怖を超えて、畏怖すら感じる。

郷珠のただじっと祈り続ける神妙な静寂した姿に、美しささえ感じる。

仏を目の当たりにしているかのようで、私は、はわはわと鳥肌が立つ。

灯油が広がるにしたがって、炎の燃える範囲も広がる。

火柱の高さが半分になった。

妻の目に、炎がぐらぐらと映っている。

魂が抜けたように茫然と座る妻は、ただ、その炎を見ていた。

郷珠は炎の中で真っ黒になり、焦げ朽ちた。

ふと気が付いた。

無意識のうちに、私は、朽ちた郷珠に深く頭を下げて、最敬礼していた。

郷珠を生贄にして、妻と逃げようとしていた。

その愚かな考えが、頭の中で私を責め、苛まれる。

老婆は、分厚い本を両手で広げているが、その両手はがたがと大きく震えている。