郷珠は、出入り口へ歩きながら、小さく息を吸う。

「悪魔に少しでも人の心が残っている事を願いたい」

郷珠は、歩きながら、言った。

その郷珠の背中は迷いが無く、声は道念を悟すように穏やかだった。

郷珠は、出入り口に着くと、扉を開けた。

たちまち、白い霧が店内に入り込む。

郷珠は、白杖とランタンを同じ手に持ち、もう片方の手で、灯油タンクを持ち上げた。

白杖を突きながら、外に出た。

霧の中で、郷珠の姿が朧げに見える。

扉は、開いたままになっている。

郷珠は、出入り口先で、静かにしゃがみ、座禅を組んだ。

今まで手放さなかった白杖を地面に置いた。

「悪魔よ。悪魔とは何か。無常なものに善悪をいだき、無我なものに我をいだくものを悪魔という」

その時だった。

郷珠は、灯油を自らの頭から、かけ始めた。

私は驚倒して、思わず、言葉を失う。

郷珠の体はぎとぎとした灯油まみれになる。

二つの灯油タンクをかけ終えた。

郷珠の着衣も灯油を染み込ませて、濡れた色になる。

座禅を組んだ足の重なった部分には、灯油が溜まる。

郷珠の周囲も、水溜りのように灯油が広がっている。

次の瞬間。

郷珠は、ランタンを頭上に持ち上げた。

そして、ランタンを頭に打ち付けた。

ランタンのケースが割れて、ランタンの灯火が郷珠に触れる。