「そうだ」

老婆は言う。

私の頭が、つい、安易な一言で、何もかも終わりにしようと考えてしまう。

生気を失った妻を見る。

死ぬ事が、家族離れ離れになる事ではない。

そうだ。もう、終わりにしよう。

私は、妻の手を握った。

妻の手先は、冷たい。

妻は虚ろな目で、私を見る。

妻と目を合わせて、意思疎通をした。

妻は、私に向かって、小さく頷いた。

その頷きに、私も応えた。

その時だった。

郷珠は、突然立ち上がった。

「私が生贄になりましょう」

郷珠の発言に、私達も老婆も言葉を失う。

「生贄は、誰でも良いのでしょう?」

「か、構わないが」

老婆は、動揺しながら答える。

「すみませんが、どこかに灯油があるか確認していただけませんか?」

郷珠は言う。

「灯油? 構いませんが」

私は答える。

「山小屋は、いざという時の為に燃料を備えているはずです」

郷珠の話を聞きながら、私は店内を探す。

見つからない。

お手洗いへ向かった。

お手洗いの清掃用具入れにも無い。

レストランの出入り口へ向かうも無い。

厨房へ向かった。

厨房にも無かった。

残されるは、厨房に備わっているシャッターの奥だ。

シャッターは完全に閉まり、向こう側がどのようになっているかわからない。

外に通じているかもしれないし、倉庫かもしれない。

開けてみない限りは、わからなかった。