しかし、こうして、私は、誰一人として守る事が出来なかった。

そして、今も、一緒に死のうと、妻に言えない私が居る。

私はただ、死ぬ事の怖さから逃れようとしているだけだ。

「よく考えて。もう私達は、濃厚接触しているから、いつかは悪魔になるの。ならば、悪魔になる前に、この子の為に、死にたいの」

私は返す言葉が見つからなかった。

「それはいけません」

郷珠が私達の背後に来て言う。

「郷珠さんに何がわかるの? この子の事を何もわからないのに、簡単に言わないでください」

妻は言う。

郷珠は、言葉を返さずに立ち止まる。

老婆は、何やら呟いている。

その声が微かに耳の中へ入る。

「アー、早く来てちょうだい。アー、私はここだよ。もう私はおかしくなりそうだよ、早く、愛しきアー」

老婆は繰り返し呟いていた。

「ねえ、早く!」

妻は私に強く言う。

妻の声が耳の中を満たす。

思考よりも先に、私は、両手の指に力を加え始めていた。

その指が、妻の首にめり込む。

思考では、いけない事だと認知しているが、それを止める理由が浮かばない。

妻の頸動脈の脈動が、指に伝わる。

強く脈打ち、勇ましささえ感じる。

妻の首から、人肌の温もりが指から浸透して、脳に伝わる。

その妻の温もりと共に、妻との思い出が断片的に蘇る。