「篠生さん、好きだよ」

妻は穏やかな語気で言う。

しかし、語尾は固く、緊張しているのがわかる。

妻の言葉を聞いた篠生は、目を丸くして、妻の顔を見る。

その目からじんわりと涙が滲む。

その涙は瞬く間に、涙袋を超えて、頬を伝う。

涙は、顔に付着している血液と混ざり、血の涙になる。

血の涙は、頬を伝い、床の血溜まりに滴る。

滴った涙は、血溜まりに呑まれ消えていく。

篠生は口を動かし、妻に何か話そうとする。

しかし、ぜいぜいとした息の抜ける音だけが漏れる。

そのぜいぜいとした息漏れに何とか口を動かして、言葉を乗せる。

「なんで」

篠生は、言う。

妻は、篠生の頬に手を添えると、流れて止まらない血の涙を親指で拭う。

「そんな事」

篠生は、やっとの思いで言うと、ごぼごぼとむせる。

「篠生さん、私は貴方が好きだよ」

妻は、息も絶え絶えの篠生の目を見て、優しく言う。

「やめてくれ」

篠生は、極限に怯えた表情で、妻を見る。

眉は下がり、目が泳ぐ。

「だから、生きて」

妻は言う。

「やめてくれ」

篠生は返す。

「貴方と幸せになりたいの」

「やめてくれ」

「お願い。死なないで」

突然、篠生は両手で自らの首の傷を覆った。

首の喉頭を両手で押さえる。

「死にたくない」

篠生は言う。

ぜいぜいとした声は、止めどなく溢れ出る血液に呑まれて消える。

篠生の体が震え出す。

その震えはどんどん激しくなり、全身が震える。