「私も良いですか?」

篠生はギターを背負って来た。

郷珠に居る四人席が満席になった。

「あなたに聴いて欲しいです。私の曲」

篠生は妻に言うと、演奏を始める。

妻は少し戸惑いを感じるも、微笑みを返す。

「そこ、何をこそこそと話している! 離れよ!」

老婆は、私達に気が付いて、怒鳴り付ける。

「私達はもう、離れない!」

私は言い返した。

悪魔は、ごほっと吐血して、倒れ込んだ。

老婆は立ち上がり、私達の元へ歩いてくる。

その歩みは、すたすたと早い足取りだ。

篠生は演奏を止めて身構える。

私は、妻と娘と郷珠の前に立つ。

「音があるから、集まるんだ! 代弁者を信じ、代弁者に集まりなさい! 私が代弁者なのだから」

老婆は鬼に取り憑かれたかのような形相で、篠生のギターに手を伸ばす。

とても早い手さばきで、ギターの柄を握る。

片手で分厚い本を持ち、もう片方の手でギターを持っている。

そして、老婆はギターを奪った。

「やめてくれ! 大事なギターなんだ」

篠生は取り乱して、奪い返そうとする。

私も老婆からギターを奪い返そうと試みる。

老婆はギターの柄を握り、攻撃を振ってきた。

ギターのボディが私の顔をかすめる。

老婆はギターを振り回す。

何度も何度も振り回し、私達を近づけまいとする。

その勢いに、私も篠生も近づく事すら出来ない。

「やめて! 頼むから。ギターをそんな扱いしないで」

篠生は、へっぴり腰で両手を老婆へ伸ばして、なだめようとする。

しかし、老婆は止めない。

ギターが篠生の腕に当たる。

びん!

ギターの弦が切れる音がした。

ギターの一番細い弦が切れている。

「お願いします。返して、返してください」

篠生は食器の破片が散乱している床に土下座する。

「お前が音を出したから、こうして、悪魔に居場所が、ばれた。お前の罪は重い」

老婆はギターを振り回しながら言う。

人に攻撃を向けているという罪悪感や手加減は全く無い。

私は老婆に近づくことさえも出来ない。

「私はアーの代弁者だ。代弁者を信仰する者はアーの加護を得て、生き延びられる。代弁者を信じよ。私を愛せよ」

老婆は私達にギターを振り回しながら、老婆の席へ後ずさりする。

「お前の独りよがりと、皆の命。どちらが大切か。代弁者はいつも皆の事を思っている」

老婆は自らの席に座ると、動作が落ち着く。

ギターを机の上に、どさっと置き、篠生を見ている。

篠生は土下座をしたまま、床に向けて泣いていた。