「全然構いませんよ。子供が元気なのは、平和の象徴ですから」

郷珠の言葉を聞いて、妻の目が細くなる。

「平和ですか」

妻の口から溜め息に混ざった言葉が漏れ出る。

「全然平和じゃないよ、目無しのおじさん」

娘は郷珠の服を摘み、引っ張りながら言う。

「どうしてだい?」

「怖いの。喧嘩したり、変な目で見てくる人も居るし、外は悪魔が沢山居るから外でちゃだめなんだって。私も目が見えなければ良かった。そうすれば怖くないもん」

「いいえ、君はしっかりと見ておくんだよ。その経験がいずれ、誰かを助ける事になるから」

「助けられる? お母さんもお父さんも」

「君はもう助けているよ。お母さんもお父さんも僕も。君と一緒に居るから安心できる。目が見えない僕を嫌う事無く話しかけてくれる」

その郷珠の発言に、私は胸を打たれた。

確かに気が付けば、私は妻と娘が側に居るだけで安心していた。

助けていたはずが、助けられていた。

妻と娘が居てくれるから、まともな精神を保っていた。

「そうなのかな」

「大声を上げて、こうすれば助かると皆を信じさせるのが、助ける事ではないよ。こうして、隣同士いるだけで、安心できる。これが助けるということだよ。だから、いつまでも、お母さんの隣にいてあげなさい」

「うん! 目無しのおじさんの隣にもずっといるよ」

「ありがとう」

郷珠は娘の頭を優しく撫でた。

妻も同じ事を感じているのだろう。

近くに人が居る事が何よりも安心出来る。

妻はそっと私の手を握った。

私もその手を握り返した。

私と妻は顔を合わせる。

お互いの表情は、凛としていた。

言葉を交わさずとも、その表情で、お互いの意思が伝わる。

一緒に助かろう。

それに気がついた娘も、握り合っている手に、小さな手を乗せた。

娘はもう片方の手で郷珠の手を握る。

郷珠は少し驚いた表情を見せるも、直ぐにそっと握り返した。