悪魔と戦い勝利した肯定感から、篠生は、よし! よし! と、両手を握り、膝の上でガッツポーズをしている。

老婆は、がたがたと体を震わせている。

長椅子にも食器の破片や割れた木屑が散乱している。

娘に靴を履かせたまま、長椅子の上に両足で立たせた。

私と妻と娘は郷珠の居る四人席に居る。

人との距離を保てる程、皆はもう冷静ではなくなっていた。

老婆も、震える手で分厚い本を持つので精一杯だった。

娘は、郷珠の持つ、白杖を指でつんつんと突いた。

「こら」

妻が娘を叱る。

絶望の漂う雰囲気の中でも、叱る仕方は変わらない。

ほんの少しだけ、いつもより低い声だった。

「構いませんよ」

郷珠は白杖を突く娘の手ををぽふぽふと撫でる。

娘にほんの少し、笑みが滲む。

数時間前まで、何気なく見ていた娘の笑顔がとても尊くて懐かしい。

「目が見えないの?」

娘は聞く。

「そうだよ」

郷珠は答える。

「どんなふうに見えるの? 真っ暗?」

娘が言うとすかさず妻が間に入る。

「いいの、そう言うのは聞かないの」

「お母さん、構いませんよ。そうだね、見えているよ、君の事も」

郷珠は穏やかに言う。

その声はゆったりとしていて、どこか気品を感じる。

この殺伐とした中でどうして冷静で居られるのかわからなかった。

その冷静な郷珠は、隣に居る私の動揺した姿を露呈させているように思えた。

「じゃあ、わたしの髪は長髪? 短髪?」

娘は言う。

郷珠は両手で娘の両頬に触れ、辿るように頭へ手を伸ばす。

「そうだね、短髪かな」

お母さんは冷や冷やしながら見ている。

「当たり! 凄いね! じゃぁ、髪の色は何色?」

娘は心を躍らせて、弾んだ声で言う。

「そうだね、黒髪かな」

「当たり! お母さん! 目無しのおじさん、凄いよ。見えてないのに、見えてるの」

「はは、目無しのおじさんか」

郷珠はふわりと口角を上げて笑みを浮かべる。

「本当に申し訳ございません」

妻は気まずい表情を浮かべて、小さく頭を下げる。

その表情も郷珠には見えない。