篠生は徐々に穏やかになる。

妻はひと段落の表情を浮かべる。

その表情に私も演奏を止めた。

娘は心配そうに、私を見ている。

「もう大丈夫だ」

私は娘に言う。

私の手が汗で滲んでいた。

「ごめんなさい」

篠生は言う。

その声はかすれている。

「気分は大丈夫ですか?」

妻は言う。

「はい。お優しいんですね」

「助け合っていかなくちゃだからね」

「はい。あなたが何か困った時は何でも言ってください」

「いいのよ、まずはゆっくり休んで」

「こんなに優しくしていただいたの、あの人以来です」

「その亡くなった恋人さん?」

「はい。とても優しかった。職場で虐められても、失敗しても、いつも励ましてくれたんです」

「じゃあ、どうして、浮気なんて」

篠生は沈黙する。

そして、口を開いた。

「もっと、優しくして欲しかった。私は恋人に甘えていたんです。恋人は、私の身の回りの事を全てしてくれました。食事も作ってくれて、お話も手を止めて聞いてくれた。ギターの演奏も上手いと褒めてくれた」

妻は、時折あいづちを入れながら、篠生の話を顔を向けて聞いている。

「そう、今のあなたのようにずっと聞いてくれたんです。でも、性にだけは無関心で、誘っても断られ続けた。それがきっかけかはわからないけど、恋人の粗を探してしまうようになって」

篠生の話に拍車がかかる。

「食事は幾つかしかパターンが無い。話を聞いてくれても解決をしてくれない。誘っても、してくれない。その時、ギターの演奏に行ったライブハウスに、見たことの無い観客が居て」

「私の演奏を褒めてくれた。緊張しやすい私の吃りの強い話にその観客はずっと聞いてくれて話が弾んで」

「それから時々その人と出会い、気持ちが揺れ動いている自分がわかったんです。だから、もう関係は終わりにしようと話したら、嫌だと言われて、その時、相手の誘いを断れずに夜を明かしてしまったのです」

篠生は、はっと我に帰る。

「あ、ごめんなさい。私のこんな話、つまらないですよね」

「いいえ、話してくれてありがとう。辛い時はもっと話してね」

妻は言う。

「本当に、あなたは似ています」