私は四人席の長椅子に横になると、いつの間にかに寝ていたようだ。
目を覚まして、上体を起こす。
そこには誰一人として居なかった。
ランタンの火も弱く、店内は、どんよりしている。
店内の床には、老父の死体が横たわっている。
私は徐に立ち上がる。
脳の奥のほうで、ずんずんと重苦しい頭痛がする。
ガラスが割れたような視界は無くなっている。
妻と娘を探した。店内には居ない。
厨房へ向かった。
娘を見つけた。
厳重に塞がれていた排水溝の鉄格子が外れている。
娘は排水溝を覗き込んでいた。
「危ないから、こちらに来るんだ」
私は娘に言う。
娘は私に反応せず、排水溝の中に入っていく。
私は慌てて娘へ駆け寄る。
しかし、間に合わなかった。
娘は、するすると排水溝の中へと入っていった。
私は排水溝を覗き込む。
ヘドロがびっしり付いていて、漆黒の闇で先が見えない。
私はランタンを持って、再び排水溝の中を覗く。
排水溝は緩やかな斜面を下っていく構造のようだ。
私は考える余地も無かった。
娘を追って、排水溝へ入った。
大人の背丈では、ほふく前進で進むのがやっとだった。
ランタンで先を照らすと、娘の姿が微かに見えた。
四つん這いになり、はいはいで先に進んでいる。
娘以外に何も変わり映えのない光景が続く。
その視界で娘の小さな臀部が左右に揺れ動く。
左右に揺れ動く臀部を見ていると、ふわふわと体の毛が逆立ち始める。
なんだこの感じは。
お酒に酔ったような高揚感だ。
娘との距離が段々と遠くなっていく。
急いで左右の腕を動かすも、ほふく前進では追いつかない。
ランタンの光が娘を捉えられなくなった。
私は、ほふく前進を止めた。
目的を見失った私はふと我に返る。
呼吸が早く、比例して、鼓動も小刻みに叩いている。
ぱっぱっとランタンの灯火が点滅すると、遂には消えた。
完全に真っ暗闇となり、視界は失った。
ふと気づけば、目を凝らして、視界を捉えようとする。
しかし、当然、何も見える事が無い。
この細い排水管を戻るのは難しい。
ゆっくり一つ一つ前に進もう。
次第に視覚から聴覚を信じるようになる。
どこだろうか。
ぽちょん、ぽちょんと一定の間隔で滴る水の音が聞こえる。
ほふく前進する両腕は動かす度に、ぐちょぐちょとヘドロを巻き込む。
足は、ざっざっと衣類の擦れる音がする。
しばらく進むと、ほふく前進する両腕に何やら当たった。
手を前に伸ばして確認する。
行く先が鉄格子で封鎖されていた。
鉄格子の向こうは仄暗い空間があった。
どこかの施設だろうか。
四方がコンクリートの廊下のようだった。
鉄格子の向こう側を見ていると突然、目の前に足が現れた。
思わずびくっと体を固める。
その足は間違いなく娘の足だ。
私は鉄格子に両手をかけて、開けようとする。
しかし、びくともしない。
娘は、たたたたたと廊下の奥へと駆けていった。
「待って!」
ずっと腹這いになっていた為か、上手く声が出せなかった。
鉄格子から手を離した。
望みが絶たれ、力が抜ける。
ふと、私の足の方向から何かが近づく音が聞こえる。
私は顔を足元に向ける。
ぴちゃ、ぴちゃと段々と近づいてくる。
そして、その音は、私の足元で止まった。
獣のような息づかいを感じる。
目を凝らした。
微かに姿が見えた時、私は驚愕した。
赤い目を光らせた大型犬だった。
腹を空かせているのか、欲望のままに牙を剥き出しにしている。
今にも、私に襲いかかりそうだ。
私は目の前の鉄格子に目線を向ける。
鉄格子を外そうと強く力を入れる。
がたがたと何度も力を入れるも開かない。
冷や汗が、額を流れる。
手に汗が滲み、鉄格子から手を滑らせる。
再び、大型犬に目線を向けた時、大型犬は私の脇腹の隣に居た。
そして、大きく口を開け、私の脇腹に目掛けて、素早く鋭い牙を立てた。
複数の牙が私の脇腹に食い込む。
恐怖心で高揚しているのか、痛みを感じない。
どうしてだろうか。
抵抗しようとも思えない。
どこか、恍惚感さえ感じる。
脇腹から腸が飛び出た。
大型犬は、腸を引きずり出して貪る。
私の腹部の内側は意図としない腸の動きを感じる。
直接内臓に触れられているような感覚だ。
気が付けば、周囲は真っ暗闇になり、何も見えない。
真っ暗闇では、目を開けている事すらわからない。
ただ、内臓をどんどん食べられている感覚だけが全身に伝わってくる。
真っ暗闇では、今、私がどのような格好をしているのかもわからない。
体が形状を保っているのかすら、明確な根拠を見つけられない。
遂には、私の体が貪られる感覚すら無くなった。
もうすでに体は全て無くなっているのかもしれない。
しかし、それを根拠付ける事が出来ない。
何故なら、今ずっと様々な事を考えているからだ。
思考が続いている限り、生きていると存在していると判断してしまう。
不意に思った。
思考が邪魔だって。
目を覚まして、上体を起こす。
そこには誰一人として居なかった。
ランタンの火も弱く、店内は、どんよりしている。
店内の床には、老父の死体が横たわっている。
私は徐に立ち上がる。
脳の奥のほうで、ずんずんと重苦しい頭痛がする。
ガラスが割れたような視界は無くなっている。
妻と娘を探した。店内には居ない。
厨房へ向かった。
娘を見つけた。
厳重に塞がれていた排水溝の鉄格子が外れている。
娘は排水溝を覗き込んでいた。
「危ないから、こちらに来るんだ」
私は娘に言う。
娘は私に反応せず、排水溝の中に入っていく。
私は慌てて娘へ駆け寄る。
しかし、間に合わなかった。
娘は、するすると排水溝の中へと入っていった。
私は排水溝を覗き込む。
ヘドロがびっしり付いていて、漆黒の闇で先が見えない。
私はランタンを持って、再び排水溝の中を覗く。
排水溝は緩やかな斜面を下っていく構造のようだ。
私は考える余地も無かった。
娘を追って、排水溝へ入った。
大人の背丈では、ほふく前進で進むのがやっとだった。
ランタンで先を照らすと、娘の姿が微かに見えた。
四つん這いになり、はいはいで先に進んでいる。
娘以外に何も変わり映えのない光景が続く。
その視界で娘の小さな臀部が左右に揺れ動く。
左右に揺れ動く臀部を見ていると、ふわふわと体の毛が逆立ち始める。
なんだこの感じは。
お酒に酔ったような高揚感だ。
娘との距離が段々と遠くなっていく。
急いで左右の腕を動かすも、ほふく前進では追いつかない。
ランタンの光が娘を捉えられなくなった。
私は、ほふく前進を止めた。
目的を見失った私はふと我に返る。
呼吸が早く、比例して、鼓動も小刻みに叩いている。
ぱっぱっとランタンの灯火が点滅すると、遂には消えた。
完全に真っ暗闇となり、視界は失った。
ふと気づけば、目を凝らして、視界を捉えようとする。
しかし、当然、何も見える事が無い。
この細い排水管を戻るのは難しい。
ゆっくり一つ一つ前に進もう。
次第に視覚から聴覚を信じるようになる。
どこだろうか。
ぽちょん、ぽちょんと一定の間隔で滴る水の音が聞こえる。
ほふく前進する両腕は動かす度に、ぐちょぐちょとヘドロを巻き込む。
足は、ざっざっと衣類の擦れる音がする。
しばらく進むと、ほふく前進する両腕に何やら当たった。
手を前に伸ばして確認する。
行く先が鉄格子で封鎖されていた。
鉄格子の向こうは仄暗い空間があった。
どこかの施設だろうか。
四方がコンクリートの廊下のようだった。
鉄格子の向こう側を見ていると突然、目の前に足が現れた。
思わずびくっと体を固める。
その足は間違いなく娘の足だ。
私は鉄格子に両手をかけて、開けようとする。
しかし、びくともしない。
娘は、たたたたたと廊下の奥へと駆けていった。
「待って!」
ずっと腹這いになっていた為か、上手く声が出せなかった。
鉄格子から手を離した。
望みが絶たれ、力が抜ける。
ふと、私の足の方向から何かが近づく音が聞こえる。
私は顔を足元に向ける。
ぴちゃ、ぴちゃと段々と近づいてくる。
そして、その音は、私の足元で止まった。
獣のような息づかいを感じる。
目を凝らした。
微かに姿が見えた時、私は驚愕した。
赤い目を光らせた大型犬だった。
腹を空かせているのか、欲望のままに牙を剥き出しにしている。
今にも、私に襲いかかりそうだ。
私は目の前の鉄格子に目線を向ける。
鉄格子を外そうと強く力を入れる。
がたがたと何度も力を入れるも開かない。
冷や汗が、額を流れる。
手に汗が滲み、鉄格子から手を滑らせる。
再び、大型犬に目線を向けた時、大型犬は私の脇腹の隣に居た。
そして、大きく口を開け、私の脇腹に目掛けて、素早く鋭い牙を立てた。
複数の牙が私の脇腹に食い込む。
恐怖心で高揚しているのか、痛みを感じない。
どうしてだろうか。
抵抗しようとも思えない。
どこか、恍惚感さえ感じる。
脇腹から腸が飛び出た。
大型犬は、腸を引きずり出して貪る。
私の腹部の内側は意図としない腸の動きを感じる。
直接内臓に触れられているような感覚だ。
気が付けば、周囲は真っ暗闇になり、何も見えない。
真っ暗闇では、目を開けている事すらわからない。
ただ、内臓をどんどん食べられている感覚だけが全身に伝わってくる。
真っ暗闇では、今、私がどのような格好をしているのかもわからない。
体が形状を保っているのかすら、明確な根拠を見つけられない。
遂には、私の体が貪られる感覚すら無くなった。
もうすでに体は全て無くなっているのかもしれない。
しかし、それを根拠付ける事が出来ない。
何故なら、今ずっと様々な事を考えているからだ。
思考が続いている限り、生きていると存在していると判断してしまう。
不意に思った。
思考が邪魔だって。