「わかった、そのアーが来るのを待とう」

老父はそう言うと、四人席の長椅子に上体を横にした。

「今日は一段と体が怠い」

老父は横になったまま独り言を話す。

その独り言の声は、客の皆に聞こえるように大きい。

 しばらくして、老婦は戻ってきた。

「誰か料理を運ぶのを手伝って欲しいわ」

老婦は言う。

「私が行きます」

妻は答えると立ち上がった。

私は厨房へ歩いていく妻の背を見る。

老婦と妻はお盆を両手で持ち、戻ってきた。

各席に、料理が運ばれていく。

私の分は妻から頂いた。

老婦と妻は全員分を運び終えると、席へ戻った。

「食材はほとんど無くて、野菜が少しあったから、ポトフにしてみたのよ、どうかしら」

私は一口啜る。

喉からすうっと温かなスープから胃へ運ばれていくのを感じる。

コンソメの味だろうか、薄く優しい味。

一口一口飲む度に、緊張した体がほぐれるのを感じる。

客の皆もポトフを頂いている。
その皆の表情もほっこりしている。

「かっは!」

突然、老父は、むせ返った。

「まあまあ、起き上がってすぐ食べるから」

老婦はそっと茶々を入れる。

「な、何なんだ一体、こんな味のポトフなんて食べた事ないぞ」

老父は目を丸くして老婦に言う。

確かに薄めの味だが、言う程ではない。

「皆、ごめんな。いつもはもっと美味い料理を作れるんだけどな」

老父は客の皆に言う。

客の皆は、返答に困った。

「いや、全然美味しいですよ」

妻は言う。

両手にはポトフの入る食器を持っている。

「皆、狂ったのか? 悪魔に侵されたんじゃないか?」

老父は顔を引き攣り上げて言う。

「まあ、皆も食べていますし、夕飯もこれ以外に無いのですから、文句を言わずに食べてください」

老婦は言う。

どことなく、微笑んでいるように見える。

その笑みは子供が悪戯したような不敵な笑みに思えた。

この後、食べる物が無いと悟った老父は、ポトフを一気に口へかき込む。

苦い物を食べるような表情で咀嚼する。

ごぐり。

飲み込む音が聞こえ、喉仏が大きく上下に動いた。

「じゃりじゃりするぞ、これ」

老父は舌を出し、吐き出そうとするも、何とか止める。

「人の前でも、私の料理を馬鹿にするのね」

老婦は、横目に言う。

「違う。こんなに不味いのはおかしいだろ?」

「皆と一緒の食事だわ」

老婦は言う。

老父は客の皆を見る。

客の皆は老父を怪訝そうに見る。

「おい、嘘だろ?」

老父は客の皆に動揺する。

「そんなに美味しくなかったなら、お口直しに、シナモンティーでも飲んでみたらどうかしら」

老父は言われるがまま、冷えたシナモンティーの入った自らのコップを手に取る。

違和感を飲み込むように、くっと飲み干した。