田堂の母の声はひんやりとした店内にふわんと広がる。

「わー!」

田堂の息子は大きな声を出す。

一定の間隔で繰り返し言う。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

田堂の母は息子の声に返すように繰り返す。

息子の口にテープを貼っていく。

「嫌だ! 嫌だ」

田堂の息子は言う。

声を発する口はテープに遮られて、「うー! うー」と籠った声になった。

完全に口は塞がれた。

田堂の母は腰から崩れ落ち、抜け殻のように俯いて動かない。

「とっても素直な子でしょ? 嫌な事、したい事を隠さないで言うのよ。素直に言う事が何で悪いの? 私も怖いわ。今すぐに逃げたい。皆も同じ気持ちでしょ? 怖いのを我慢する事が人なの? 感情を抑えるのが人なの? この子のほうがよっぽど人らしいわ」

田堂の母は床へ向けて呟く。

その声は震えている。

田堂の息子は、ずびびびと鼻をすする。

「うー!」

ずびびび。

「うー!」

ずびびび。

田堂の息子は声と交互に繰り返していた。

その時、ずびっと粘っこい鼻水が喉奥へ吸い込まれる音が聞こえる。

田堂の息子が静かになった。

転がり落ちてしまいそうなくらい目を見開いている。

その表情は青く、目線は天井をあおぐ。

固く強張った手足をばたつかせ、車椅子が揺れる。

何度も何度も顔を上下させて、何かを飲み込もうとする。

ごぐりと飲み込む音が聞こえた。

その途端、慌てた表情は穏やかになり、叫ぶ事も無くなった。

沈黙が店内を重くする。

私は田堂の母を情けの眼差しで見ていた。

それしか出来る事が見つからなかった。