田堂の母は、必要な分だけテープを出した。

息子を見る。

田堂の息子は、下顎を左右に強く動かし、歯を擦り合わせる。

ギリギリと歯ぎしりが聞こえる。

田堂の母は息子の口にテープを近づける。

その手の筋肉は緊張し、ぎしぎしと少しずつ動く。

その浮き出た細い筋肉から、田堂の母の複雑な思いがわかる。

我が子の口を塞ぎたくない。

しかし、我が子が大声を出せば、皆に迷惑がかかる。

田堂の息子の口元に少しテープを近づけると、ほんの少し遠ざかる。


二つの意思が相反しているように窺い知れた。

田堂の母の表情は情意が現れる度に顔を歪ませて、息子から目をそらす。

田堂の息子は、ぱちぱちと素早く瞬きして、母を見る。

遂に、田堂の母は、息子の口にテープを付け始めた。

田堂の息子の左頬からゆっくりと口元を覆っていく。

左の口角まで貼った時、田堂の母の手が止まる。

その手は震えを抑えるので精一杯だった。

田堂の母は、情意を捨てるように強く瞼を閉じる。

田堂の母の瞼に隠しきれなかった涙がほろりと滴る。

田堂の母は強く瞼を閉じたまま目を開けない。

私も自然と目を閉じた。

暗闇だった。

瞼の内側にランタンの火が僅かに揺らめくだけで何も無かった。

このまま眠ってしまいたかった。

目が覚めた時に、嫌な夢を見たよと家族に話している想像が暗闇に上映される。

それを聞いた妻も娘も、笑顔が溢れた、幸せが走馬灯のように上映される。

「どうしたの」

突然、こもった声が聞こえ、上映会は幕を閉じた。

舌が固く、思うように動かず、上手く発音できない声。

それを聞いた私は、はっと目を開ける。

その声は、田堂の息子だった。

田堂の母も涙に濡れた目を大きくして驚いている。

「どうしたの」

「どうしたの」

田堂の息子は繰り返し言う。

「なんでも無いわよ。だめね、私。私が強くなくちゃ。私が強くなくちゃいけないのにね」

田堂の母は奥歯を噛み締める。

しかし、堪えようとすればする程、涙が溢れ出る。

「どうしたの、お母さん」

田堂の息子は上手く動かない舌で言う。

田堂の母は噛み締める歯の隙間から、堪えきれない涙声が漏れる。

「ねえ、皆聞いて、何年ぶりかしら。この子が、お母さんって呼んだわ」

田堂の母の目から、ほろほろと涙が頬を伝い、止まらない。

その涙は、田堂の息子の膝に滴る。