私は、ギターの弦を押さえ、右手をストロークする。

ぽろろんと調和のある音が鳴った。

「これがコードというものです。次のコードはこちらです」

篠生は弦を押さえる指の位置を一つ一つ移動させていく。

私と篠生はギターの練習に夢中で、老父のお話を聞き流す。

 「どこか、悪いんですか?」

私の妻が訊ねた。

私は動作を止めて妻と老夫婦を見る。

「肝臓が悪くてね」

老婦が答える。

「これも年を取ると仕方ない事だよ。最近じゃ、腎臓も良くない」

老父は言う。

それを聞いた郷珠は、顔を老夫婦に向ける。

視力は見えていないが、耳で声の方向を認知している。

「そうですか、大変ですね。シナモンティーは、お体に良いから飲み続けているのですか?」

私の妻は更に訊ねる。

「こいつが聞くって言うんだけど、どうなんだろうね」

老父が言う。

その老婦の言葉に重ねるように老婦が話し出す。

「シナモンは、肝臓に良いって効いたのよ」

老婦の言葉は僅かに早口だった。

老婦は言い終えると、一瞬、右上に目線をちらりと向けた。

「奥様が献身的なんですね、私も見習わないと」

私の妻はそう言って、私ににこっと笑みを見せる。

もうすっかり、老父の高圧的な態度が無くなった。

老婆は突然、客の皆をぎろっと見た。

「かぐわしいシナモンと水を用意せよ。これらを用いて聖なる水を作れ。すなわち香料作りの業に倣ってそれらを混ぜ合わせ、聖なる水を作る。その水を契約の証として飲み干せよ。それはすなわち聖なる者と聖別し、最も聖なる者とする。聖なる水を飲み干す者は全て聖なる者となる。その子らにも水を飲ませ聖別し、彼らを祭司として私に仕えさせよ」

老婆は淡々と語る。

「その本にそう記してあったのか?」

老父は訊ねる。

老婆は無視して、分厚い本の内容を再び見始めた。