不穏な空気が漂う。

篠生は徐にギターをギターケースへしまう。

ギターケースの蓋を閉じ、留め具に手をかける。

「もしよかったら、ギターを教えてください」

私は問いかけた。

「え?」

篠生は怪訝そうな面持ちで私を見る。

「実は学生時代にほんの少しだけギターを弾いていたんだ。教えてくれませんか?」

私は言う。

篠生は渋々、頷く。

実は、ギターを学びたい気持ちは全く無かった。

理由を付ける事で演奏が店内に広がる。

絶望感に満たされた店内を明るさせる事が出来る。

配達員の死。

私が安易に考えた結果、死んだ。

この事実を受け入れられない、私の脳。

何かをしていないと気が狂いそうだった。

だから、ギターを教えて欲しいと頼んだのだった。

私は、娘の居た席に篠生を手招きする。

篠生は、その席に座った。

私と篠生は、通路側の席に座る。

席と席の間にある仕切りを境に、通路側に身を傾ける。

篠生は何をしたら良いか戸惑っている。

「さっきの曲、妻も娘も好きで、私も弾けるようになりたい」

私は小声で言う。

「わかりました」

篠生は答えるとギターを私に渡した。

私はギターを受け取る。

「まずは、左手の人差し指がここで、中指がここで…」

篠生は弦を押さえる指の位置を丁寧に教えていく。

それを老婆は細い眼差しで見ている。

ギターの練習に向き合っていると不思議と時間を忘れてしまう。

「何だか、体が怠くて目眩がするな」

突然、老父がそう言いながら、席の背もたれに体を預ける。

その声は、先程の勢いは無くなり、元気を失っている。

「大丈夫ですか?」

老婦は、老父の顔を窺い、言う。

その老婦の表情は大きく深刻ではなかった。

「最近、多くてな」

老父は気力の無い声で言う。

「あ、そう言えば、お薬の時間ですよ。あなた」

老婦はそう言うと、カバンから粉薬を取り出す。

「まーた、そんなに持ち歩いて。日帰り旅行なんだから、三袋だけ持ち歩けば良くないか?」

老父は茶化す。

しかし、先程までの高圧的な言動は失い、角が丸い。

「病院から、何か月分も貰ってきて、そのまま持ってきているんですよ」

老婦は淑やかに答える。

「まあ、いいや。薬を早くくれ。こんなに怠いのは初めてだ」

老父は眉間にしわを寄せて言う。

そのしわに冷や汗が滲む。

老婦は薬の袋を破り、老父へ渡す。

老父は、ぱっと受け取ると、粉薬を勢い良く口へ入れる。

そして、シナモンティーを一気に流し込む。

「ふう、これで一安心だ。良かったよ、食前に飲む薬で。今は何も食べられないから、食後の薬だったら飲めなかった」

老父はそう言って、額の冷や汗を拭う。