客の皆の視線を感じる。

「教えてください」

私は言う。

配達員は客の皆が居る方向へ視線を向ける。

客の皆の視線が配達員に集中している。

「外はどうなっているのですか?」

私は訊ねる。

「見ての通り、濃い霧が出ているだけですよ」

配達員は答える。

「しかし、ニュースでも悪魔が町を破壊している報道がされていました」

「頭おかしいんじゃないですか? この店へ配達に町から出発した時も、いつも通りの町でしたよ」

配達員は答える。

けほけほと配達員は空咳する。

「濃霧は? 霧はこんなに続くのですか?」

私は続けて質問する。

「濃い霧が発生しやすい山なんですよ。ただ、今日の霧は珍しいですね。運転が出来なくなる程に濃い霧でした」

配達員は答える。

「悪魔を見た事は無いのですか?」

私は訊ねる。

配達員は大きく溜め息をつく。

「見た事ありませんよ。いや、あなた方が悪魔に見える」

配達員は答える。

「わかりました。一つお願いがあります。もし、外に出れるならばこのロープを解くので、人を呼んできて欲しい。誰でも構いません。大勢の人が来れば、悪魔が居ない事が証明出来るかもと思っています」

私は神妙な面持ちで言う。

「この霧だから、車を使うのは難しいかもしれないけど、やってみます」

配達員は小さく頷いて答える。

私は手足を固く縛られたロープを解いていく。

両手を縛っていたロープが解かれる。

配達員は、手首に食い込んだロープの跡をさすっている。

「おいおい、何しているんだ」

老父は大きな声で言う。

その声を聞きつけた老婆は、お手洗いから荒れた足取りで出てきた。

客の皆が私に視線を向ける。

「この者に助けをお願いします」

私は配達員の足を拘束しているロープを外しながら言う。

「ならぬ!」

老婆は恐ろしい剣幕で近づいてくる。

ロープが解かれる。

配達員は拘束から解放された。

私は配達員に一つ頷く。

その合図を受け取るように、配達員も一つ頷く。

配達員は、立ち上がる。

老父も近づいてくる。

「開けてはならぬ!」

老婆は怒鳴る。

「霧を中に入れるな!」

老父も怒鳴る。

その怒号から逃げるように、配達員は出入り口から外へ出た。

私は、小さく安堵する。

老婆と老父はその場に立ち止まり、何も話さない。

老婆は瞳を左右に大きく動かして、そわそわしているように見える。

老父はその場で腕を組んでいる。

老婆と老父は私の目の前に立ち塞がっている。

老婆と老父の攻撃的な圧力を感じ、動く事も出来ない。

妻と娘の元へ戻る事も出来ない。

早く、妻と娘の元へ戻りたい。

その時だった。

「うわっ! 誰だ、止めてくれ! 助けてくれー」

レストランの外から叫び声が聞こえた。

それは紛れも無く、配達員の声だった。

「くそっ! いっぱい居る。触れるな! 近づいてくるな」

配達員の声がレストランに反響した。

そして、それ以降、配達員の声を聞く事は無かった。