私はマッチを擦り、ランタンに火を着ける。

辺りを明るく照らす。

その炎が揺めき、周囲の温かな橙色の明かりもゆらゆらと照らす。

妻の表情もほんのり明るくなる。

私はランタンを噴水の縁に置いた。

「まあ、そのうち、警察や自衛隊が来て助けてくれるだろうよ」

老父は言うと、背もたれに寄り掛かる。

老父の言葉に返す人は居ない。

沈黙が続く。

「神は善良な者をお守りくださる」

老婆はそう言うと、分厚い本のページを一枚めくる。

「神か、今まで信じた事が無かったけど、どんな姿だろうな」

老父の問いかけに誰も反応しない。

徐に、老婆が立ち上がった。

客の皆の視線が老婆に向く。

老婆は小さな歩幅で歩き出す。

その両手には分厚い本を抱えている。

老婆の歩く先にお手洗いがある。

お手洗いの扉を開き、老婆は入っていった。

「なんだよ、何かのお告げかと思ったら、ただのトイレかよ」

老婆が居なくなった店内では、体の緊張がほどけるのを感じた。

娘も緊張が解けたのか、席から降り、歩き始める。

ちらりちらりと私の表情を見ながら一歩一歩足を動かす。

私は一つ小さく頷くと、娘は、たたたたっと妻の元へ駆け寄った。

妻は娘を膝に乗せる。

娘の頬が緩み、笑みがほころぶ。

それを篠生はじとっと見ている。

その目は、体の輪郭を這うように見続ける。

私はその目にねちっこい不快を覚えた。

田堂の母は息子の頭を撫で、老夫婦は何やら話している。

郷珠は何する事も無く、座っている。

私は、静かに立ち上がった。

妻は私を心配そうに見上げる。

「何でもないよ。すぐに戻る」

私は今も悪魔を信じる事は出来なかった。

私は配達員の居る場所へ足を進める。

確かに一人亡くなり、ニュースでは悪魔が闊歩していた。

それは間違いない。

しかし、実際に目の前で悪魔の姿を見ていない。

悪魔がどのような姿をしているのか。

そして、悪魔が地上にやってきた理由は何だろうか。

町を破壊する理由は何だろうか。

疑問だけが膨れ上がり、老婆の発言の真偽を疑ってしまっていた。

私は、配達員さんの居る場所に着いた。

配達員は拘束されて、横になっている。

配達員は、私に怯えていた。

動かない体を何とか這わして、私から遠ざかる。

「すみません、縛ってしまい。本当は今すぐにでもこのロープを解きたい」

私はそう言いながら、片膝を立てて座った。

遠ざかっていく配達員は壁にぶつかった。

これ以上、遠ざかる事は出来ない。

「お、お前達はイカれてる」

配達員は怯え震えた声で言い放つ。