その一連の光景を老婆は横目で見ていた。

田堂の息子に水がかかった時、老婆は一瞬驚いた表情を浮かべた。

私は篠生へ駆け寄る。

「何て事をさせるんですか」

私は老父に怒声を与える。

「まさか、本当に水をかけるとは思っていなかったよ」

老父は言う。

ははっと薄笑いしながら話を続ける。

「でも、静かになれば、悪魔に見つからず、皆が生きていられる」

老父は答える。

私は奥歯を噛み締める。

口を開けば、喧嘩になる。

込み上がる怒りと不満を何度も飲み込んだ。

私は篠生の腰にそっと手を添える。

篠生の体は震えていた。

私は篠生を誘導して、元の席へ戻った。

田堂の母は息子をハンドタオルで拭いている。

けほけほ。

配達員の空咳が聞こえる。

「ねえねえ、お父さん、これ見て」

娘がひそひそと言ってきた。

娘の席は外が見える窓がある。

その窓にびっしりと結露している。

娘は人差し指でアニメのキャラクターの絵を描いていた。

「上手いね。そう言えば、今日の夜にそのアニメがあったね」

私は答える。

「うん」

娘はキャラクターの細部までこだわって描いていく。

私は不安感を悟られないように大きく笑みを作る。

「将来は絵描きさんかな?」

私は娘に訊ねる。

「うん!」

娘は絵を描きながら軽やかに答える。

絵を描く娘の眼差しがより真剣になる。

娘が指で、なぞった線は結露が無くなり、外の様子が窺える。

外の濃霧が陰り始めていた。

時計を見る。

もう夕方だった。

これがいつまで続くのか。

客の皆の表情に疲れが見える。

外が暗くなるにつれて、心細さというか虚無を感じる。

私はふと思い出した。

「携帯用ですが、ランタンを持っています」

私はカバンからランタンを取り出した。

「明かりは助かるわ」

田堂の母が言う。

「お婆さん、点けてもいい、ですか?」

私は恐る恐る老婆に聞く。

「明かりを見つけて悪魔が集まる。カーテンを閉めよ」

老婆は答える。

「今度はカーテンか。だとさ、篠生」

老父は言う。

「あんた、やり過ぎよ」

老婦が言う。

「あ? お前は黙って、わしの計画に従っていればいいんだよ」

老父の苛立ちに老婦は黙る。

篠生は立ち上がり、カーテンを閉め始める。

「篠生さん、従う必要は無いんですよ?」

私は言う。

「篠生がしたいんだよな?」

老父は煽り立てる。

篠生は動作を止める。

小さな間が空く。

「はい」

小さく呟くと、再びカーテンを閉めに回る。

それを見た私もカーテンを閉めに回る。

全てのカーテンが閉まった。

店内は一段と暗くなり、客の皆の表情が窺えなくなった。