皆は噴水の周りにある四人席に座っている。
老婆は一番壁際の席に座り、皆を見渡せる位置に居る。
「正直、わしはまだ映画の撮影だと思ってるが、一応、外に出れない訳だし、皆、名前だけでもわかっていたほうがいいんじゃないか?」
老父はそう言い、ひと呼吸置いて話を続ける。
「わしの名前は、湯田。隣はわしの妻だ」
老父が言うと、老婦は小さく会釈する。
「じゃあ、次は私ね。私は田堂(たどう)よ。この子は息子」
老夫婦の隣の席に居る中年の女性が言う。
その息子は三十代後半位の容姿で車椅子に乗っている。
天井を見上げて、ずっとにやけている。
一定の間隔で膝を両手で叩き、リズムを刻んでいる。
何かの曲が頭の中で流れているのだろうか。
そのリズムに合わせて、上半身も上下に動かす。
ふと、その息子の表情がにこやかになり、満面な笑みで母の顔を見る。
リズムを見せつけるように叩く力が強くなる。
「わー」
その時、息子は大きな声を発する。
言葉ではないが、その息子の声は明るく、喜んでいる事がわかる。
空虚感のある店内では、その心から喜ぶ明るい声は雑音に聞こえる。
冷たい空気が流れる。
「ほら、大声は出さないの」
母は、子供をあやすように言うと、息子に一つ笑みを見せる。
「息子は障碍を持っているわ。皆さん、よろしくね」
母は、客の皆を見ながら明るい声色で言い放った。
その声は強くて曲がらない芯のある印象を受けた。
「あ、私は篠生(しのう)です。ギターが弾けます」
私の隣の四人席に座る男性が言う。
客の皆は特に何の反応も示さない。
「じゃあ、私達ですね。富竹(とみたけ)です。こちらが妻と娘です。ハイキングに行く予定でした」
私は言う。
「ハイキングか、それは残念だったな」
老父が言う。
間もなくして、白杖を持つ男性が話し始める。
「郷珠(ごうたま)と申します。僕は目が見えませんので、ご迷惑になってしまうかもしれませんがよろしくお願いします」
最後に残るは老婆だった。
老婆は分厚い本を広げて、ページを凝視している。
目線が集まっている事に老婆は気が付いた。
一瞬、目を大きくさせて皆を見渡す。
しかし、すぐに目線を分厚い本のページに向ける。
「それじゃあ、婆さんでいいか」
老父は言う。
それを聞いた老婆は、ちらりと老父を見て、一つ、鼻で笑った。
老父は左上に目線を流し、天井を目で仰ぎながら、はははと微笑する。
「婆さん、感じ悪いなあ」
居心地の悪さを拭おうと明るく言う。
「婆さん、一応、念の為、聞いておくが、何が起きているんだ?」
老父は訊ねる。
老婆は口をつぐみ、瞳を左右に大きく動かす。
そして、左上に瞳を動かして止まると老婆の口が僅かに開いた。
「神の御技が届かぬ時、暗黒の深淵に封印されし悪魔の巣宮の入り口は開かれる」
老婆は時々言葉を詰まらせながら言う。
その声色はしわがれ、引きずるように重い。
聞き慣れない言葉が、真実味を感じさせる。
私の背中にぞわぞわっと緊張が走った。
老婆は一番壁際の席に座り、皆を見渡せる位置に居る。
「正直、わしはまだ映画の撮影だと思ってるが、一応、外に出れない訳だし、皆、名前だけでもわかっていたほうがいいんじゃないか?」
老父はそう言い、ひと呼吸置いて話を続ける。
「わしの名前は、湯田。隣はわしの妻だ」
老父が言うと、老婦は小さく会釈する。
「じゃあ、次は私ね。私は田堂(たどう)よ。この子は息子」
老夫婦の隣の席に居る中年の女性が言う。
その息子は三十代後半位の容姿で車椅子に乗っている。
天井を見上げて、ずっとにやけている。
一定の間隔で膝を両手で叩き、リズムを刻んでいる。
何かの曲が頭の中で流れているのだろうか。
そのリズムに合わせて、上半身も上下に動かす。
ふと、その息子の表情がにこやかになり、満面な笑みで母の顔を見る。
リズムを見せつけるように叩く力が強くなる。
「わー」
その時、息子は大きな声を発する。
言葉ではないが、その息子の声は明るく、喜んでいる事がわかる。
空虚感のある店内では、その心から喜ぶ明るい声は雑音に聞こえる。
冷たい空気が流れる。
「ほら、大声は出さないの」
母は、子供をあやすように言うと、息子に一つ笑みを見せる。
「息子は障碍を持っているわ。皆さん、よろしくね」
母は、客の皆を見ながら明るい声色で言い放った。
その声は強くて曲がらない芯のある印象を受けた。
「あ、私は篠生(しのう)です。ギターが弾けます」
私の隣の四人席に座る男性が言う。
客の皆は特に何の反応も示さない。
「じゃあ、私達ですね。富竹(とみたけ)です。こちらが妻と娘です。ハイキングに行く予定でした」
私は言う。
「ハイキングか、それは残念だったな」
老父が言う。
間もなくして、白杖を持つ男性が話し始める。
「郷珠(ごうたま)と申します。僕は目が見えませんので、ご迷惑になってしまうかもしれませんがよろしくお願いします」
最後に残るは老婆だった。
老婆は分厚い本を広げて、ページを凝視している。
目線が集まっている事に老婆は気が付いた。
一瞬、目を大きくさせて皆を見渡す。
しかし、すぐに目線を分厚い本のページに向ける。
「それじゃあ、婆さんでいいか」
老父は言う。
それを聞いた老婆は、ちらりと老父を見て、一つ、鼻で笑った。
老父は左上に目線を流し、天井を目で仰ぎながら、はははと微笑する。
「婆さん、感じ悪いなあ」
居心地の悪さを拭おうと明るく言う。
「婆さん、一応、念の為、聞いておくが、何が起きているんだ?」
老父は訊ねる。
老婆は口をつぐみ、瞳を左右に大きく動かす。
そして、左上に瞳を動かして止まると老婆の口が僅かに開いた。
「神の御技が届かぬ時、暗黒の深淵に封印されし悪魔の巣宮の入り口は開かれる」
老婆は時々言葉を詰まらせながら言う。
その声色はしわがれ、引きずるように重い。
聞き慣れない言葉が、真実味を感じさせる。
私の背中にぞわぞわっと緊張が走った。