「は! これは困った事になった」

席に戻った老婆は、ひと息つく間もなく、声を上げる。

客は老婆を見た。

老婆は窓を見ていた。

建て付けが歪んでいるのか、閉まる窓と窓枠に隙間があった。

「霧に触れた者は魔物になる」

老婆は焦燥感に駆り立てられた声が店内に広がる。

「どこかにガムテープ位あるだろ」

老父が言う。

「僕、持っています」

ギターの男性は言うと、カバンからガムテープを取り出した。

老父は徐に立ち上がると、その男性へ近づく。

老父は手を男性の目の前に伸ばす。

男性は、ガムテープを渡した。

老父は、窓の隙間をガムテープで塞いだ。

「よしっと」

老父はガムテープを片手に持ち、腕を組む。

 「なあ、婆さん、霧に当たったらいけないんじゃ、窓際に居ないほうがいいんじゃないか?」

老父は仁王立ちで言う。

「そうだ。霧に触れたり、吸い込んだりすると悪魔になる」

「なら、一箇所に集まったほうが良くないか?」

「いいですね、皆の事を知っておきましょ」

女性客の一人が賛同する。

「噴水の周りにしようか」

老父は言う。

客は席を離れ、噴水の周りに集まる。

老婆も分厚い本を胸に抱え、集まった。

その歩幅は小さく、いそいそとしているように見えた。

妻は娘を抱きかかえて立ち上がる。

私と妻も噴水の周りに集まった。

「すまないが、僕は目が見えないから誰か手伝ってくれないか?」

男性の声が聞こえた。

そこには、一人の男性が残っていた。

その男性は、白杖を持ち、席から立ち上がっている。

レストランの外で会った白杖を持った男性だった。

私は自然と体が動き、白杖を持つ男性へと近づいた。

肩を叩くべきなのか、腰に手を回すべきなのか。

それとも、白杖を取って、持っていた手と繋ぐべきなのか。

私はどうする事も出来ず、男性に手を近づけるも、すぐに手を引っ込める。

そのしどろもどろな私の動作は、男性には見えていない。

床を細かく突く白杖が、私の足に当たった。

「そこに誰か居ますか?」

男性は言う。

「あ、はい。どうしたらいいですか?」

私は、その男性に言う。

「すみません、手を繋いでも良いですか?」

白杖を持っていない手を前に出してきた。

「わかりました」

私はその手と繋ぎ、皆の集まる噴水へ近づく。

その間も、男性は一歩先を白杖で突き、確認をしながら歩く。

私と白杖を持った男性は、妻と娘の元へ戻った。

男性は私達と同じ四人席に座る。