再び停電した。

照明の明かりもテレビの映像も消えた。

私は急いで妻と娘の元へ向かった。

浮き足だち、私の足取りに動揺が見える。

私は妻の隣へ座ると、すかさず妻と娘を強く抱擁した。

妻と娘を抱擁しながら、私の思考が目まぐるしく処理を始める。

レストランの外で起きていることを理解しようとした。

確かに、霧の中には、見た事のない異形の姿をした何かが居る。

しかし、まるで想像上の物語のような光景の数々。

それらを現代と繋げる事は困難だった。

第二次世界大戦以降、国は豊かになり、今では戦争も無く、カルトによる事件も無い。

過激派も、とうの昔に解体された。

最近では暴走族も少なく、反抗する子供も見かけない。

時々、無差別事件などがあるが、身近では聞いた事が無かった。

悪魔?

そのような生物が居るはずが無い。

それが私の脳が導き出す、唯一の答えだった。

思考回路がどうしても安易な考えに傾く。

これまでの生活の中で問題は多々あった。

家庭内で喧嘩もあった。

職場で問題もあった。

しかし、それらの問題は、時間が経てば解消された。

命を脅かす事なんてあるはずが無かった。

ただ、今回は違う。

目前に死が迫ってきている。

理解が追いつかない私の思考は、段々と一つ言葉を産まれる。

不可解な出来事をその言葉でまとめ、無理矢理、解釈した。

必ず家族は守る。

娘は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

うるうるとした目の中には澄んだ瞳が溺れていた。

私は、家族を励まそうと笑みを作る。

精一杯の笑みを作るも、頬が石のように硬い。

娘も一所懸命、笑みを真似しようと頬を上げた。

頬が上がり、下まぶたが押し上がる。

その拍子に、娘の目尻に涙が集まる。

そして、すうっと小さな一筋の涙が頬を伝った。

それに気が付いた娘の我慢は決壊した。

娘は私の顔を見上げながら、声をひっくり返して泣く。

涙がほろほろと頬を伝う。

その涙は、妻の太ももに滴り、ズボンを濡らす。

「静かにしなさい」

老婆の声がすぐ隣で聞こえた。

私と妻は、びくっと驚き、顔を向ける。

私達の席の前に、老婆が立っていた。

妻は咄嗟に娘の顔を胸で抱擁した。

その妻の表情は、子猫を守る母猫のようだった。

娘なりに泣くのを止めようと努力しているのだろう。

うー、うーと唇を噛んでいるような声が聞こえる。

「早く泣き止ませなさい。ここに居る事が悪魔にばれてしまう」

老婆はそう言って、自らの席へ戻っていった。

私は、その老婆の背を目で追う。

ふと、周囲の視線が私に集まっている事に気が付いた。

それはどことなく冷ややかな眼差しだった。