首を刈られて茎だけになったヒマワリが立ち並ぶ姿は、何とも言えず異様で、ドキッとしてしまう。
二学期が始まってしばらくの間は、鮮やかな黄色の花を太陽に向けている姿が、廊下の窓から見えていた。
「……どうして花だけ刈っちゃったんだろう」
校舎の裏庭に植わった首無しのヒマワリを眺めているうち、思わず口に出してそうつぶやいてしまっていた。
「そろそろ俯きはじめてたからね」
真後ろから、がさごそという音とともに女性の声がして、わたしは思わず飛び上がりそうになった。
「あー、ごめん。驚かせちゃった?」
振り向いて、少し視線を落とす。こじんまりした温室の、くたびれたビニールの隙間から、眼鏡をかけた背の低い女子が顔を覗かせていた。
ビニールの入り口をかき分けて、制服姿の全身があらわになる。
「咲き終わって花びらが枯れたヒマワリは、重さで下を向くようになるの。そうなると種が落ちるまですぐだからねー。来年ヒマワリだらけになっちゃったら困るでしょ」
小柄な身体に、大きな金属製のじょうろを抱えた彼女は、屈託なく笑いながらそう言った。
わたしは、うなだれたヒマワリの群れが、涙のように黒い種を地面にこぼす様子を想像してしまった。
夏の亡霊――ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「ま、実際はほとんど鳥とか小動物とかに食べられちゃうだろうけどね。そういうのが集まってきちゃうのも問題だし……」
漫画みたいな丸い眼鏡ごしに、彼女はヒマワリのほうを眺めて言った。髪を後ろで結んで、おでこを出しているので、さらに幼く見える。
でも、校章の色は緑……3年生らしい。
「小鳥とか猫とかハクビシンとか野ウサギとか、可愛いって思ってるでしょ? アイツら園芸部的には敵だかんね」
「ウサギがいるんですか?」
「いや、このへんにはいないけどさー」
とぼけた調子でそう言いながら、彼女はわたしのほうに向き直る。
「きみ、名前は?」
「倉橋樹里です。2年の」
「……樹里! 園芸部に入るために生まれてきたような名前だね!」
「女子の名前って、かなりの確率で、木か花かどっちか一種類は入ってそうですけど」
「あたしは3年の金井友美。園芸部の部長なんだけど、名前は植物にかすりもしてないよ。せめて美じゃなくて実だったらなぁ」
――金井先輩は、本当に残念そうにそう言うのだった。
* * *
「あのヒマワリ、どうするんですか?」
茎だけになったそれを指さして、わたしは金井先輩に尋ねた。
「もう少ししたら、小さく刻んで土に混ぜて、よく耕すの。来年のための、いい肥料になるからね。ヒマワリの花言葉は『憧れ』だけど、咲き終えたあとは次の花の養分になるなんて、なんか素敵じゃない?」
わたしは、自分より頭ひとつ小っちゃい先輩の姿を見下ろす。
「先輩が耕すんですか?」
「いや、やるのは業者さんだよ? あっちの花壇は学校の管轄だから、花を刈り取っていったのもそう。あたしら園芸部はね、平日の夕方に水やりをしたりするかわりに、この裏庭の片隅で、部費で好きな花を買って育てるのを許可されてるってわけさー」
言われてみれば、温室の外にも、土の入ったプランターや植木鉢が足元に並んでいて、ダリアやパンジーなどわたしにもわかるような花が色とりどりに咲いていた。
「……と言っても、ほとんど人数合わせの幽霊部員で、毎日活動してるのあたしぐらいだけどさ。あたしももう3年だし、ホントはそろそろ後輩に引き継がないといけないんだけど」
そこで金井先輩は、ちらっとわたしの顔を見た。
「で、どう? 樹里ちん?」
「樹里ちん?」
いきなりの馴れ馴れしい呼び方に、思わずオウム返ししてしまった。
「園芸部、入らない? ……ほほう、その顔は『いきなり何を』っていう顔だね。でも樹里ちんにはすでに適性があるんだよ。放課後の裏庭にひとりでフラフラやってくる子なんて、よほど暇を持て余してるか、何かワケありな子か、どっちかだからねぇ」
ニヤッと笑いながら、金井先輩はわたしの顔を見上げた。
わたしが暇人かどうかはともかくとして――
「そんなこと言って、もしわたしがワケありな子だったら、どうするんですか」
「え? だからだけど?」
その言葉の意味はよくわからなかったが、わたしが裏庭をうろついていたのには、そんな大した理由があるわけじゃない。
一緒に下校するつもりだった友人に急な用事が出来たと言われ、少し手持ち無沙汰になったわたしは、普段はあまり通らない裏庭にまで何とはなしに足を延ばしたのだった。
その友人、仲村梢子とは、小中学校からの顔なじみではあるけれど、そこまで親しい仲なのかと言われると自分でも答えにくい。たまたまお互い、仲のいいグループとは家の方向が逆だったというだけ――そんな関係が、もう何年も続いている。
小学生の頃は手をつないで登下校していたけど、今ではさすがにそれはもうしない。
でも、その頃から変わらず今も、梢子はわたしから半歩ぐらい遅れてついてくる。
背の高いわたしは、彼女を先導するように、斜め前から話しかけながら歩く。ずっとそんな習慣だった。
そんな梢子との通学が続いていたのは、高校に入ってから共通の話題が生まれたことも大きい。
……わたしと梢子は、同じ相手に恋をしたのだった。
二学期が始まってしばらくの間は、鮮やかな黄色の花を太陽に向けている姿が、廊下の窓から見えていた。
「……どうして花だけ刈っちゃったんだろう」
校舎の裏庭に植わった首無しのヒマワリを眺めているうち、思わず口に出してそうつぶやいてしまっていた。
「そろそろ俯きはじめてたからね」
真後ろから、がさごそという音とともに女性の声がして、わたしは思わず飛び上がりそうになった。
「あー、ごめん。驚かせちゃった?」
振り向いて、少し視線を落とす。こじんまりした温室の、くたびれたビニールの隙間から、眼鏡をかけた背の低い女子が顔を覗かせていた。
ビニールの入り口をかき分けて、制服姿の全身があらわになる。
「咲き終わって花びらが枯れたヒマワリは、重さで下を向くようになるの。そうなると種が落ちるまですぐだからねー。来年ヒマワリだらけになっちゃったら困るでしょ」
小柄な身体に、大きな金属製のじょうろを抱えた彼女は、屈託なく笑いながらそう言った。
わたしは、うなだれたヒマワリの群れが、涙のように黒い種を地面にこぼす様子を想像してしまった。
夏の亡霊――ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「ま、実際はほとんど鳥とか小動物とかに食べられちゃうだろうけどね。そういうのが集まってきちゃうのも問題だし……」
漫画みたいな丸い眼鏡ごしに、彼女はヒマワリのほうを眺めて言った。髪を後ろで結んで、おでこを出しているので、さらに幼く見える。
でも、校章の色は緑……3年生らしい。
「小鳥とか猫とかハクビシンとか野ウサギとか、可愛いって思ってるでしょ? アイツら園芸部的には敵だかんね」
「ウサギがいるんですか?」
「いや、このへんにはいないけどさー」
とぼけた調子でそう言いながら、彼女はわたしのほうに向き直る。
「きみ、名前は?」
「倉橋樹里です。2年の」
「……樹里! 園芸部に入るために生まれてきたような名前だね!」
「女子の名前って、かなりの確率で、木か花かどっちか一種類は入ってそうですけど」
「あたしは3年の金井友美。園芸部の部長なんだけど、名前は植物にかすりもしてないよ。せめて美じゃなくて実だったらなぁ」
――金井先輩は、本当に残念そうにそう言うのだった。
* * *
「あのヒマワリ、どうするんですか?」
茎だけになったそれを指さして、わたしは金井先輩に尋ねた。
「もう少ししたら、小さく刻んで土に混ぜて、よく耕すの。来年のための、いい肥料になるからね。ヒマワリの花言葉は『憧れ』だけど、咲き終えたあとは次の花の養分になるなんて、なんか素敵じゃない?」
わたしは、自分より頭ひとつ小っちゃい先輩の姿を見下ろす。
「先輩が耕すんですか?」
「いや、やるのは業者さんだよ? あっちの花壇は学校の管轄だから、花を刈り取っていったのもそう。あたしら園芸部はね、平日の夕方に水やりをしたりするかわりに、この裏庭の片隅で、部費で好きな花を買って育てるのを許可されてるってわけさー」
言われてみれば、温室の外にも、土の入ったプランターや植木鉢が足元に並んでいて、ダリアやパンジーなどわたしにもわかるような花が色とりどりに咲いていた。
「……と言っても、ほとんど人数合わせの幽霊部員で、毎日活動してるのあたしぐらいだけどさ。あたしももう3年だし、ホントはそろそろ後輩に引き継がないといけないんだけど」
そこで金井先輩は、ちらっとわたしの顔を見た。
「で、どう? 樹里ちん?」
「樹里ちん?」
いきなりの馴れ馴れしい呼び方に、思わずオウム返ししてしまった。
「園芸部、入らない? ……ほほう、その顔は『いきなり何を』っていう顔だね。でも樹里ちんにはすでに適性があるんだよ。放課後の裏庭にひとりでフラフラやってくる子なんて、よほど暇を持て余してるか、何かワケありな子か、どっちかだからねぇ」
ニヤッと笑いながら、金井先輩はわたしの顔を見上げた。
わたしが暇人かどうかはともかくとして――
「そんなこと言って、もしわたしがワケありな子だったら、どうするんですか」
「え? だからだけど?」
その言葉の意味はよくわからなかったが、わたしが裏庭をうろついていたのには、そんな大した理由があるわけじゃない。
一緒に下校するつもりだった友人に急な用事が出来たと言われ、少し手持ち無沙汰になったわたしは、普段はあまり通らない裏庭にまで何とはなしに足を延ばしたのだった。
その友人、仲村梢子とは、小中学校からの顔なじみではあるけれど、そこまで親しい仲なのかと言われると自分でも答えにくい。たまたまお互い、仲のいいグループとは家の方向が逆だったというだけ――そんな関係が、もう何年も続いている。
小学生の頃は手をつないで登下校していたけど、今ではさすがにそれはもうしない。
でも、その頃から変わらず今も、梢子はわたしから半歩ぐらい遅れてついてくる。
背の高いわたしは、彼女を先導するように、斜め前から話しかけながら歩く。ずっとそんな習慣だった。
そんな梢子との通学が続いていたのは、高校に入ってから共通の話題が生まれたことも大きい。
……わたしと梢子は、同じ相手に恋をしたのだった。