フィフィの心臓にナイフが突き立っていた。
そのナイフを握りしめているのは――人間だ。
「……言っただろ? 選択の余地なんてない、と」
人間は不敵な薄笑いを浮かべる。
「――――俺の答えは、“選択肢なんて知るかボケ”だ」
その言葉とともに、フィフィの意識がふっと遠のいた。
その体がさらさらと灰になって地面に崩れ落ち、そこからふたたび再生する。
(……殺された? なぜ……?)
わけがわからない。
この期に及んで、フィフィを殺す意味があるとは思えない。
べつに、不死身のフィフィは何度殺されても問題はないのだ。
ただ……殺されて不快でないわけでもない。
「どうやら……しつけが必要なようね!」
フィフィは体が再生しきると同時に――。
炎の鳥かごに向け、怒りに任せて手から爆炎を放った。
ごォォォ――ッ! と、炎光が地面を爆ぜ散らし……。
(……? ……いない?)
炎が晴れたとき、鳥かごの中には、ただえぐれた地面だけが残っていた。
手加減はしたつもりなのに、一欠片の炭すらも残っていない。
もしかして、火力を出しすぎただろうか。
それとも――避けられたか。
(……そんなまさか、ね)
そう思いつつも、フィフィは念のため辺りを見回す。
しかし……やはり、いない。
右にも、左にも、背後にも、どこにもいな……。
「――上だ、鳥頭」
――がッ! と。
フィフィの口から刃が突き出す。
「……ぁ、がッ!?」
背後から喉を突き破ってくる鉄の感触。力任せに首の骨が断ち切られ――また殺されたと自覚するころには、フィフィの意識は飛んでいた。
ふたたび灰となり、ふたたび再生する。
「……こんなことを、しても……無、駄……」
蘇生してから、そう人間を睨みつけようとしたところで。
フィフィは違和感に気づいた。
視界が安定しない。なぜか……ぐるぐると回転している。
一瞬の混乱のあと。
フィフィは視界の端に、首を失った自分の胴体をとらえた。
その横に立っているのは、ナイフを振り抜いた人間の姿……。
(……斬られた!? いつの間に……!?)
いや、そうか……と、すぐに思い至る。
考えてみれば単純なことだ。
人間はフィフィの蘇生と同時に、その首をはねたのだ。
たしかに、フィフィは灰から再生したあと、すぐに動けるわけではない。
再生が終わったことを自覚して、自分の置かれている環境を五感で認識して、そこからようやく動きだすのだ。
だから、そのとき1秒にも満たない一瞬だけ、フィフィに隙が生まれる。
しかし……。
(……ありえない)
この人間は、フィフィの蘇生能力をたった2回見ただけで完璧に把握し――それから1発でフィフィの首をはねるのを成功させたとでも言うのか?
いったいどこで、それほどの技術を完成させた?
思わず、ぞくっとする……が。
「…………だから、なに?」
ぶわ――ッ! とフィフィの胴体から炎が噴き上がった。
「……っ!」
フィフィの胴体の前に陣取っていた人間が、とっさに後ろへ跳んで回避する。
炎を器用に回避したものの、そこから人間は動かない。
それもそのはずだ。距離さえ開いてしまえば、もう人間に攻め手はないのだから。
フィフィが今まで攻撃を食らっていたのは、あくまで不意打ちをされていたからにすぎない。
純粋な戦闘力ならば、フィフィのほうが圧倒的に上だ。
灰から蘇生したフィフィは、人間を睨みつける。
「こんなことをしても無駄よ。わたしの天恵は、【輪廻炎生】。死んでも死んでも炎の中から蘇ることができる力。もしかしたら、“何回も殺せば、蘇生できなくなる”とでも思っているのかもしれないけど、それは大きな間違いだわ」
人間がどれだけ技術があろうが、どれだけフィフィを殺そうが。
……全ては、まったくの無意味。
フィフィはどれだけ死んでも蘇ることができる不死鳥なのだから。
命が尽きない彼女を、殺し尽くすことは不可能だ。
だからこそ、フィフィは真面目に人間の相手をしていなかったが。
しかし……やはり、殺されるのは不快だった。
「何度殺したところで、わたしには絶対に勝てないわ。わたしとは違って、あなたの体力や魔力は有限だもの。長生きしたいなら無駄な抵抗はやめなさい。いい加減にしないと…………食べるわよ?」
「……はっ」
黙ってこちらの隙をうかがっていた人間が、ようやく口を開く。
「どうせ俺を飼ったところで、いたぶり尽くしたあげくに、すぐに飽きて食うだけだろ?」
「…………さて、どうかしらね?」
フィフィは答えをはぐらかす。それが答えのようなものだった。
人間はふたたび鼻を鳴らす。
「それに、お前に勝てる確率はかなり少ないが……ゼロじゃない」
「ふーん? 不思議なことを言うのね。レベルがこれだけ離れている不死身の相手に、どうやって勝つと言うの?」
「悪いが……不死身の魔物なんて、俺は何回も倒してる。レベル上げに使えるからな」
「……? なにを言ってるの?」
絶望で頭がおかしくなったのかと思った。
しかし、彼の瞳には確かな理性の光がある。
むしろ、冷静に――冷徹にこちらを観察しているような目だ。
「それに、レベルについては、お前のおかげでなんとかなりそうだ」
「……え?」
「お前の天恵は、死んでも蘇ることができる力……言い換えれば、お前は何度でも殺されることができる。そして――」
人間はナイフの切っ先を、フィフィへと突きつけた。
「――お前を殺すたびに、俺はレベルアップする」