城にいるオーガたちを殲滅したあと。
 火事騒ぎで城の周りに集まってきたオーガを、俺は1体ずつ確実に仕留めていった。

「に、人間…………ぇ……?」

 まさか、“人間がオーガを殺して回っている”とは思ってもいなかったのだろう。
 オーガたちは誰も武装もしていなかったし、注意も完全に城の火事のほうへと向いていた。
 その無防備な首をはねるのは容易かった。

(……こんなザコどもに18年も支配されていたとはな)

 こいつらは、まともに戦い方を知らない。
 おそらく実戦経験もないし、戦うために訓練することもなかったはずだ。
 ただ、自分よりもレベルの低い家畜(にんげん)に鞭を振るっていれば、それでよかったのだから。
 しかし、今――盤上はひっくり返った。

(……さて、あとは門の前にいる2体だけか)

 殺したオーガの数を計算する。
 この18年間、俺はただ家畜として生きてきたわけではない。
 この町のオーガの数や配置ぐらいは把握している。

(……じゃあ、仕上げといこうか)

 俺は最後に、町の市門へと向かった。
 門を警備していた2人組のオーガが、すぐにこちらに気づく。

 まだ他のオーガたちが殺されたことは知らないのだろう。
 オーガたちは顔を見合わせると、獲物を見るような目で、にやにやと俺に斧槍を突きつけてきた。


「おい、人間……止まれ」


「…………」

 俺はちらりとオーガの腕を見る。
 こいつらも、まだ人間相手に油断があるのか、それとも武器を威嚇用でしか扱ったことがないのか……斧槍を突きつけるために、無防備に腕を伸ばしきっていた。
 その状態からでは、いかに馬鹿力のオーガといえども、すぐに攻撃に移ることはできない。
 俺はかまわず歩みを進める。

「あァ……? おい、誰が動くことを許可した! 止まれ! 食われたいのか!」

 オーガがさらに、なにかを言いかけたところで。
 たんっ、と俺は地面を蹴った。

「…………へ?」

 一瞬で間合いをつめ、オーガの腕の下にもぐり込む。
 そして、背中からナイフを抜き放つ――。

「…………ぇ……は……?」

 すぱんっ! と、オーガの腕がちぎれ飛んだ。
 手にしていた斧槍が、腕と一緒にくるくると宙を舞う。

 さらに俺は接近した勢いのままに跳躍し、空中で斧槍を手に取った。
 その斧槍を、唖然としているオーガに向けて振り下ろす。

「……ァ……ぇ……?」

 オーガが間の抜けた声を出した。
 わずか数秒の出来事に、まだ理解が追いついていないのだろう。

 そして、理解が追いつく間もなく――オーガの体にぷつりと赤い縦線が走った。
 それから、ずるり……とオーガの体が上下にずれて、肉が石畳を叩く音が2回響く。

「…………なっ」

 残ったオーガはしばらく凍りついていたが……。
 俺が顔を向けると、慌てたように斧槍を振りかぶった。

「に、人間が、なめるなァ……ッ!」

 こちらへ迫る斧槍を、俺は手に持っていた斧槍で弾き返した。
 ぎィン――ッ! と火花が散ると同時に、オーガの持っていた斧槍が吹き飛ぶ。
 その衝撃で、オーガが体勢を崩して尻もちをついた。

「…………は?」

 状況についていけないというように、オーガはそのまま動かなくなる。

「な、なんで……なにが……?」

 それから俺を見て、顔を強張らせる。


「……な、なんなんだ、お前はァッ!?」


「見てわからないか? ただの人間だ」

「に、人間!? う、嘘をつくなァ……ッ! 最弱種族(レベル1)の人間ごときが、そんな力を持ってるわけがないだろォッ! オレたちオーガは、レベル10なんだぞ!」

「そうか、俺より低いな」

「……へ?」

「俺のレベルは14だ」

 手の甲のレベル刻印を見せてやると、オーガがぽかんとしたように固まった。

「な……なっ……」

 信じられないのか目を白黒させるオーガ。
 その気持ちが落ち着くのを待ってやる義理はない。
 俺はとどめを刺すため、オーガに近づいていく。

「く……来るなァッ! こんなことして、ただで済むと思っているのかァ!? お前がちょっとレベルが高くても……オレ以外にも、オーガはたくさん……!」


「――心配するな、お前が最後の1匹だ」


 俺は淡々と告げる。

「お前の仲間は、もうみんな俺が殺した」

「……な、に……?」

「残念だが……この世は食うか食われるかだ。強いやつが食い、弱いやつが食われる。だから恨むなら……弱いオーガなんかに生まれてきた自分を恨んでくれ」

「…………ひっ」

 オーガはそこでようやく、自分が狩られる側だとはっきり認識したらしい。
 小さな悲鳴のような声を漏らして、尻もちをついたまま後ずさった。

「ま、待ってくれェッ! 見逃してくれェッ! なんでもする! ここを通りたきゃ通してやる! そ、そうだ! 人間じゃァ、この扉を開けられないだろォ? オレを殺したら、きっと困ることに……」

「なぁ」

 オーガの言葉を遮る。

「お前は……命乞いをする獲物を見逃したことがあるか?」

「そ、それは……」

「まぁ、ないよな」

 それだけ言うと、俺は斧槍でオーガの首をはねた。


「――――俺もない」


 断末魔の叫びを上げる間もなく。
 ぼとり……と、最後のオーガの首が地面に落ちる。

「…………」

 そのあとは、沈黙が降りた。
 遠くの火事の音だけが、ぱちぱちと辺りにむなしく響いている。
 俺は顔についた返り血をぬぐいながら、手にしていた斧槍を投げ捨てた。

「これで……オーガは全て、討伐完了か」

 手の甲の刻印を確認すると――レベル15。
 この町から出る前に、それなりに上げることができたか。そこらの野良の魔物なら、充分に倒せるレベルだ。

「……あとは、この町から出るだけだな」

 俺は町の外へとつながる門に歩み寄った。
 その門をふさいでいるのは巨大な鉄扉だ。

 ……長年、この町の人間を閉じ込めてきた支配の象徴。

 この扉は、あまりにも堅牢で、重厚で……たとえ鍵がかかってなくても、レベル1の人間では束になってようやく数ミリ動かすのがやっとだろう。
 だからこそ、誰も扉を開けなかった。開けようすら考えなかった。

 そんな扉に、俺は手をかけ――。


「…………テオ、なのか?」


 そこで、背後から声をかけられた。