オーガを殺した時点で、もう後戻りはできない。
 急いでこの町から脱出する必要がある。
 だが、その前に――。


 ――この町にいるオーガを、全てこの手で討伐しよう。


 その理由は、もちろん――レベルを上げるためだ。
 レベル5で外に出ても、すぐに野良の魔物に食われてしまう。
 どうせ、この町から脱出するには、最低でもあと何匹かオーガと戦わなければいけないのだ。
 それなら相手が油断している隙に、こちらから仕掛けさせてもらう。

(……まずは、食堂にいるオーガたちだな)

 今、この町のオーガのほとんどは食堂に集まっている。
 もちろん、生贄(おれ)を食うために。
 だからこそ、俺は町から脱出するのにこの“投票”の日を選んだ。
 1か所に固まってくれているなら、油断している隙に一網打尽にすることができる。

 とはいえ……レベル5では、食堂に集まっているオーガたちをまとめて相手するのは難しい。
 いくら前世の知識や技術があるとはいえ、さすがにまだレベルが低すぎる。
 超級魔法を使えたところで、魔力不足で発動できないのなら意味がない。

 それに、【筋肉操作】というオーガの天恵(ギフト)は、攻撃だけでなく防御にも応用が効く。
 もしもオーガに首の筋肉を増大させられたら、ナイフの刃では致命傷を負わせるのが難しくなってしまう。

 できれば、1体1体、不意打ちで倒したいところだが……。

(……そのための策は立ててきた)

 俺は調理場にあるナイフを何本かもらいつつ、調理油を床や壁にぶちまけた。
 そして……。



「さぁ――――反逆開始だ」



 床に手をついて、“手火(フェオ)”の魔法を唱える。
 その瞬間――。

 ごォォオォ――ッ!! と、調理場が爆炎に包まれた。

 一瞬にして視界が炎と煙で覆われる。
 鍋や皿がけたたましい音を立てて跳ね飛び、城全体ががらがらと激しく揺れ、どこかから怒号や悲鳴が上がり……。

 そんな騒ぎの中、俺はそっと物陰に身をひそませる。

「……風操(フゥゼ)

 風属性の初級魔法を発動。
 そよ風を発生させて、炎と煙を食堂のほうへと流し込む。
 すぐに、オーガたちの慌てふためいた足音がやって来た。

「……な、なんだァ!?」「調理場から火がッ!」「火事だァッ!」「おィィ! 誰か水か砂を持ってこいィ!」「酒ならたくさんあるぞォ!」「宝物庫を守れッ!」「窓を開けろッ! 煙を出せッ!」「人間どもを働かせろッ!」

 混乱するオーガたちは、ばらばらと分かれて行動を始める。
 立ち込める煙で、お互いの姿はよく見えていないらしい。

 そして――隠れ潜んでいる俺のことも、見えていない。
 炎と煙と爆音が、こちらの気配を完全に消してくれていた。

「……風操(フゥゼ)

 俺は指をくいっと動かしながら、最後尾にいたオーガの顔の辺りへと煙を流す。
 この“風操(フゥゼ)”は初級魔法とはいっても、俺のもっとも得意な風属性魔法だ。
 オーガの鼻や口の中へと、強引に煙を流し込むぐらいは簡単にできる。

「……げほォッ! ごほォッ! くそッ、なんだってんだ!?」

 オーガが背中を丸めてひどく咳き込んだ。
 煙を吸いすぎて軽く中毒反応も出ているらしく、ふらふらとよろめく。

(……隙だらけだな)

 狩られる経験がないがゆえの――ここがすでに戦場だと気づいていないがゆえの無防備さだろう。
 もちろん、その隙を見逃してやるわけがない。

「……肉体強化(バ・ベルク)……物質強化(ミ・ベルク)

 強化魔法を発動しながら、俺はその丸まった背中へと飛び乗った。
 そして、ナイフを振りかぶる――。

「…………あァ?」

 オーガが俺に気づいたのか、ばっとこちらを振り向き――その勢いのまま首がぐるんと一回転して、ぼとりと床に落ちた。


(……これで2匹)


 さっきよりも力が上がったことで、簡単にオーガを狩ることができた。
 レベル1では首の骨を切断することはできなかったはずだ。
 魔力にもまだ少し余裕がある。

(……やっぱり、レベルアップの恩恵は大きいな)

 それから先ほどのように、オーガのレベル刻印から青白い光が浮かび上がり、俺の手の甲へと吸い込まれていく。
 手の甲の紋章が示すレベルが、5から7へとさらに上がる。
 まだ正面からオーガと対峙するには心もとないレベルだが、不意をついて倒すなら充分なレベルだろう。

(さて、この町から出る前に、どれだけレベルを上げられるかな)

 にぃぃ……と、口元がとつり上がるのを抑えることはできない。
 この日をどれだけ待ち望んでいたか。

 この18年間、オーガたちに大人しく支配されてきたのは……全てこの日のため。
 オーガを狩り尽くし、最高の形で町から脱出するためだ。
 この町は、もはや――いい狩り場でしかない。


「……なッ!?」


 ふたたび物陰にひそんでいると、やがて酒樽を持ったオーガが戻ってきた。

「お、おい……ッ!? し、死んでる……!?」

 身をかがめたオーガが、仲間の死体を見つけてうろたえる。

「な、なんだァ……? なにが起こってる? なんで殺されてる……? いったい、なにが…………ここに、いる?」

 すっかり怯えきった様子だ。
 やはり、オーガたちは今まで“狩られる側”に立ったことがないのだろう。

 しかし……この世は食うか食われるかだ。
 弱いままでは、いつまでも食う側ではいられない。
 正義だとか、優しさだとか、美しさだとか……そんなものは関係ない。

 強いやつが食い、弱いやつが食われる。
 食わなきゃ、食われる。
 それならば――。


(…………俺が、“食う側”になってやる)


 俺は舌なめずりをしながら、オーガの背後に忍び寄った。
 オーガはまだ、こちらに気づかない。
 俺は、そっとナイフを振りかぶる……。



 ――――さぁ、レベル上げの時間だ。