セイレーンは困惑していた。
 “歌鳥の儀”に、謎の人間が乱入してきたからだ。

 背後に下級霊を引きつれた、みすぼらしい格好の人間。
 その人間に今――ハーピィが殺された。
 あまりにもあっさりと、一方的に……。

「…………バカな」

 人間が魔物を殺せるはずがない。
 ハーピィもあれでレベル13の魔物だ。
 レベル1の人間では、剣を持ったところで肌に傷をつけることすら叶わないはずだ。だからこそ、セイレーンは“歌鳥”にする予定の人間に、剣を差し出したのだから。

(……人間ではない?)

 下級霊をつれているあたり、人型のアンデッドの類とも考えられる。
 しかし、それだと人間を守るような言動に説明がつかない。
 そしてなにより、その人間のレベル刻印はしっかりと手の甲で輝いている。

「……まぁ、よい」

 難しく考える必要はない。
 耳ざわりな雑音は――消すまでだ。

「ハーピィども――“乱入者を殺しなさい”」

 命令を下す。
 その一声で、呆然としていたハーピィたちが、びくんっとバネ仕掛けのように動きだした。
 セイレーンの天恵(ギフト)――【絶対王声(ゼッタイオウセイ)】による命令力。
 それに抗うことは、人間だろうと魔物だろうとできはしない。

「死ねェッ! 人間がァッ!」

 ハーピィたちが一斉に竜巻を起こして人間に襲いかかる。
 その無数の竜巻はひとつに合流し、闘技場を吹き飛ばさんばかりの巨大な竜巻に変貌する。
 そんな竜巻を前に、最弱種族(にんげん)はなすすべもなく切り刻まれるはず――だった。


「――風王剣(フゥゼ・ハルテ)


 人間が竜巻に向けて、手にした剣を素早く振った。
 ひゅん――ッ! と剣から幾重もの刃状の衝撃波が放たれる。

「……なっ!?」

 思わず、セイレーンが目を疑う。
 飛来した剣撃が竜巻を斬り裂き、そのままハーピィたちをまとめて両断する。
 さらにその剣撃は、セイレーンにも迫り――。

「…………ちぃっ」

 セイレーンは手にした王笏で、剣撃を振り払った。
 しかし、守ることができたのは自分の身だけだ。

 その剣撃は、セイレーン以外の全てをなぎ払う。
 貴賓席はめちゃくちゃに吹き飛ばされ、周囲にあった“歌鳥”たちの鳥かごもまとめて破壊されてしまう。
 せっかくの美しい悲鳴(うた)が――止まってしまう。

「…………お前は、何者?」

 人間か? 魔物か?
 その力は、とても人間とは思えない。

 しかし……魔物ならば知っているはずだ。
 セイレーンに剣を向けるということは、セイレーンに歯向かうという意味だけに留まらないことを。

 それは、この都市の管理をセイレーンに任せている“王”への反逆。
 つまりは――世界への反逆だ。

「お前、まさか……“王”に歯向かうつもり?」

 その人間は、なにも答えない。
 セイレーンが戸惑っていると、そこに1匹のハーピィが息せき切って飛び込んできた。

「セイレーン様! 申し訳ありません!」

「……なにかしら、騒々しい」

「ま、町にいるハーピィたちが全滅しました!」

「なんですって……?」

 一瞬、耳を疑った。

「あ、あの人間です! あの人間がハーピィたちを殺しました!」

「…………そう」

 セイレーンは微笑む。
 その笑みは、しかし……残酷なほどに歪んだものだった。


「――“堕ちろ”」


 その一言で、ハーピィは地面に落下する。

「ぐっ! せ、セイレーン様、申し訳ありま……」

「――“黙れ”」

「……ッ!」

 セイレーンの声が低くなる。
 美しく魅惑的な声から、地獄の底から這い出てきた亡霊のような声へと変貌する。その声は、聞いている者の心臓を凍らせかねないほどに冷酷なものだった。

「……魔物が最弱種族(にんげん)に殺された? よくも、わらわにそんな雑音を聞かせてくれたわね。お前も……“歌鳥”になりたいのかしら?」

「……ッ! ……ッ!」

 ハーピィが目を見開いて、必死に首を横に振る。
 しかし、セイレーンの命令(うた)は始まってしまった。


「――“苦しめ”、“泣け”、“わめけ”、“叫べ”、“もがけ”、“のたうちまわれ”、“悲しめ”、“嘆け”、“悔いよ”、“飢えよ”、“渇け”……」


 その命令のつらなりは、美しい歌のような旋律を帯びる。
 その歌に合わせて踊るように、ハーピィがもがき苦しみ、絶叫し、身をくねらせてのたうち回る――。

 やがて、歌声は止まり……。
 最後にひとつ、終止符の代わりというように。
 セイレーンは、1つの命令を下した。


「――――“生きよ”」


 これで、“歌鳥”の完成だ。
 ハーピィはもはや悲鳴を上げるだけの肉塊となりはてる。
 耳がとろけてしまいそうな甘美な悲鳴。
 しかし、それでも。

「いまいちね……やっぱり、人間の悲鳴ほど美しい音楽はないと思わない?」

 セイレーンは眼下にいる人間へと向き直る。
 人間は鼻を鳴らして答えた。

「さぁ、なにを言ってるかわからないな」

「うふふ……反抗的ね。お前、とてもよいわ。これほどの逸材は初めてよ」

 反抗された苛立ちよりも――ぞくぞくが止まらない。
 この人間に“歌鳥”たちを壊されてしまったが……。
 ちょうどただの悲鳴には飽きていたところだ。

 この人間を手に入れたい。この人間の悲鳴を聞きたい。
 この人間を“歌鳥”にできれば……他はなにもいらない。


「あぁ……お前はいったい、どんな悲鳴を奏でてくれるのかしら?」