セイレーンに支配された鳥かご都市。
 その中央にある円形闘技場に、1万人を超える市民全員が集められていた。
 これだけの数の人間がいるのに――会場は静かだった。
 まるで観衆席に並べられた人間はただの背景画だとでも言わんばかりに、誰もがじっと息を潜めている。
 それもそのはずだ。
 これからなにが起きようとしているのか、ここにいる全員が知っているのだから。

 ――“歌鳥の儀”。

 それは、この都市の住民にとっては生贄の儀式に等しいものだった。

 やがて闘技場の中心に、ハーピィたちが鳥かごを運んでくる。
 中に収められているのは、人間――マリーという少女だ。
 歌が好きなどこにでもいる普通の少女だった。
 ゆえに、セイレーンに声を聞かれてしまった。いい悲鳴が出せそうだと思われてしまった。

 少女は声も出せず、恐怖にうつむくことしかできない。歯がかちかちと鳴って、全身が強張って、息ができなくて、顔を上げることなどできない。
 しかし――。


「…………“面を上げよ”」


 頭上から、声が降ってきた。

「さぁ、“お前の恐怖に歪んだ顔を、わらわによく見せるがよい”」

 その声に抗うことはできなかった。
 自分の意思に反して、自動的に少女は顔を上げる。
 それこそがセイレーンの能力だ。

 少女の上げた視界に、特別にしつらえられた貴賓席が入ってくる。
 無数の鳥かごが並べられた空間。
 床にずらりと積み重ねられた鳥かごに、天蓋からシャンデリアのようにいくつも吊り下げられている鳥かご……。
 その全ての鳥かごに(とら)われているのは――悲鳴を上げ続ける“歌鳥(にんげん)”たちだ。

 悲鳴(うた)を聞かせるためだけに飼われている愛玩動物。
 その悲鳴の合唱に包まれながら……。
 “歌鳥”たちの飼い主――セイレーンは心地よさそうに玉座に腰かけていた。

 鮮やかな薄緑色の髪と翼を持つ、鳥の魔物だ。
 まさに女王然とした優雅な姿には、そのドレスと王笏が様になっている。

「ほぅ……お前、なかなか悪くない目ね。恐怖しているけれど、まだ希望を失いきっていない。わらわ好みの目よ。だって、そういう目をする人間ほど――綺麗な悲鳴(うた)を聞かせてくれるでしょう?」

 セイレーンがぺろりと出した舌の上で、青白いレベル刻印が光る。

 そこに示されたレベルは――65。

 人間の65倍のレベル。
 レベル1の人間にとっては、絶対的な支配者に他ならない。
 彼女の命令に強制力がなかったとしても……逆らえるわけがない。

「あぁ……あぁ……こういう人間は、しっかり、じっくり、鳴かせてあげたくなるわ。命令してひねり出させた悲鳴はつまらない……自然と、本能的に、魂の底から漏れ出てくる悲鳴こそ美しいのよ」

 セイレーンが陶酔しきったような笑みを浮かべた。

「だから、今回は趣向を変えることにしましょう――“ハーピィども、この人間を鳥かごから出しておやり”」

「……?」

 少女は少し目を見開く。わけがわからなかった。
 とりあえず、ハーピィに引っ張られるがまま、ふらふらと外に出ると……。

 今度は1匹のハーピィが、少女に剣を差し出してきた。
 思わず、セイレーンのほうを見ると。

「“お前に対する全ての王声(めいれい)を解除する”」

「…………え?」

「“お前に……魔物への反抗を許可する。逃亡を、闘争を、命乞いを、そして希望を抱くことを――許可する”」

 突然与えられた、生まれて初めての自由。
 しかし、だからといって、なにかできるわけではない。
 小さな鳥かごから出たところで、そこはまだ、もっと大きな鳥かごの中でしかないのだから。

「さぁ、その剣を手に取って、せいぜい抗うがよい」

 ハーピィが差し出してくる剣を、少女は改めて見つめる。
 初めて目にする戦うための武器。
 この剣を使ったところで、人が魔物に勝てるわけがない。

 ……無理だ。不可能だ。もてあそばれているだけだ。
 セイレーンはただ、人間が見苦しく魔物に抗って、惨めたらしく希望にすがって、そうして漏れ出てきた悲鳴を楽しみたいだけなのだろう。

 わかっている。わかっているのだ。
 それでも……少女の胸の中に、確かな希望が芽生えてしまった。
 この剣を使っても、魔物は殺せないだろうけれど……。

 自分を殺すことぐらいは――できるかもしれない。


「……っ」

 ごくり、と喉を鳴らす。
 今までは自殺が禁じられていた。
 しかし、命令を解除された今なら……それができる。

 セイレーンのミスなのか、それとも計算内なのかはわからないが。
 ……楽に死ねる
 それは、この世界の人間にとっては、あまりにも甘美な希望だった。

 少女は剣に向かって手を伸ばす。
 そして、その小さな手が剣の柄に触れようとした――そのときだった。


「……剣っていうのはな」


「え?」

 気づけば、少女がつかもうとしていた剣が消えていた。
 その代わりというように、目の前に一筋の剣閃がほとばしる。


「――こうやって使うんだ」


 そんな声と同時に――すぱんっ、と。
 突然、目の前にいたハーピィの首がはね飛んだ。

「な……」

 ありえない光景だった。
 人間の絶対的な支配者である魔物が、殺された。

 唖然とする少女。その前に、1人の青年が進み出る。
 それは、今まで見てきたどんな人間とも違う青年だった。
 みすぼらしく汚れた服をまとっているが……ちらりと見えたその瞳には、燃えさかるような炎が宿っている。
 視線だけで魔物すらも焼き殺しそうな戦意――。
 そんな瞳は、今まで見たことがない。

「堕りてこいよ、鳥女――」

 青年の眼光が獲物に照準を合わせるように、呆然としているセイレーンへと向けられた。
 そして、セイレーンへと剣を突きつける。


「――さぁ、反逆開始だ」