「――――俺がお前らを、喰うんだ」
殺したハーピィのレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれていく。
その様子を、残りのハーピィたちが呆然と眺めていた。
狩ろうとしていた人間に、仲間が狩られた――。
そのことを、すぐには頭が受け入れられないのかもしれない。
だが、俺がハーピィたちに歩み寄ると、我に返ったようにびくりとした。
「こ、この……ッ!」「……人間がァッ!」
悪戯好きの女の子のような顔から一変……。
笑顔の仮面がぐにゃりと体熱で溶け落ちたかのように、その顔が苛烈なまでの憤怒に歪んだ。
おそらく、こちらが本性なのだろう。
「死ねッ! 死ねッ! 死ねェッ!」
ハーピィのうちの1匹が、その場に竜巻を作り出す。
レベル13の魔物の魔法にしては、竜巻の規模が大きい。
おそらくは、天恵の力。
「竜巻を操る天恵、といったところか」
『そうね。たしか、【風廻鳥】って天恵だったかしら』
「まぁ、それなら――問題ないな」
風を操ることにかけては、俺のほうが上だ。
「――風操」
俺とハーピィのレベル差では、初級魔法で充分だろう。
指をくいっと曲げると、俺に迫ってきていた竜巻があっさりとかき消える。
「……ッ!? な、なんで……ッ!?」
戸惑うハーピィへ向けて、さらに風を動かした。
竜巻を打ち消した風を、勢いそのままにハーピィの体中の穴に流し込む。
「…………ッ!?」
ハーピィの体がみるみる膨らんでいき――ぱんッ、と破裂する。
「さて……あと1匹」
俺が残りのハーピィに目を向けると、彼女はようやく力の差を悟ったらしい。
「……ひっ!?」
その場から羽ばたいて逃げようとするが。
「――風操」
指をくいっと下に向けると、ハーピィが地面に墜落した。
「……ぁ……ぐッ!?」
そのまま見えない巨人の足に踏み潰されているかのように、めきめきと音を立てて地面にめり込んでいく。
「く、くそっ……人間がッ! こんなことして、ただで済むと……!?」
ハーピィが苦しげに叫ぶ。
「このことをセイレーン様が知ったら、人間なんて……ッ!」
「セイレーン様?」『セイレーン?』
俺は風を操る手を少し弱めた。
興味なさそうにしていたフィーコも、その名前に反応する。
おそらくは、この町を管理している魔物の名前か。
『セイレーンか……なるほどね』
「知ってるのか?」
『ま、同じ鳥系の魔物だもの。どんな魔物かぐらいは知ってるわよ』
「そうか」
俺もセイレーンという魔物の話だけは聞いたことがある。
俺自身は戦ったことがないが、海辺の町の人々に恐れられていたのは覚えている。
「たしか……魅惑的な歌声によって船を岩礁に誘い込んで沈めさせる、海鳥の魔物だったか」
『いや、なんで知ってるのよ』
「オーガたちが話してるのを聞いた」
なにはともあれ。
これは思わぬところで、魔物の情報が手に入りそうだな。
「なぁ、ハーピィ……そのセイレーンとやらについて教えてくれるよな? セイレーンは今どこにいる?」
「だ、誰が、人間なんかに……ッ!」
「言っておくが……俺は、“お願い”をしてるんじゃないぞ?」
指をさらに下へと向けて、風圧を高める。
「――“拷問”を、しているんだ」
ハーピィが地面にめり込み、潰れたような悲鳴を上げた。
「……ま、待って……セイレーン様のことは、話せない」
「“話せない”ということは、“話すこともできる”ということだな?」
「違うッ! 本当に話せないッ! そう、命令されてるの!」
「その命令は、命よりも大事なのか?」
「……な、なにを言ってるの、人間ッ!? セイレーン様の命令に逆らえるわけないでしょう!? だって、セイレーン様の天恵は……」
ハーピィはなにかを言いかけた途端、はっとしたように表情を一変させた。
突然、ハーピィが自分の首を握りしめたのだ。
自殺するつもりか……と思ったが、様子がおかしい。
「や、やめッ! 違うのッ! 違う違う違うッ、話してないッ! わたしはなにも話してませんッ! お赦しをッ! お赦しを、セイレーン様――ッ!」
ぎょろぎょろと誰もいない虚空を見つめながら、ハーピィが叫びだす。
わけもわからず見ていると、ハーピィはそのまま自分の首を握りつぶして絶命した。
そして、静寂……。
「…………な、なんだ?」
さすがに戸惑う。
辺りを見回すが、セイレーンらしき魔物の姿はない。
なにやら、命令に逆らえないとか言っていたが……。
(これが、セイレーンの天恵の力か?)
いや、それよりも、今は考えるべきことが他にある。
俺は地面に倒れていた青年に目を向けた。先ほどまでハーピィに食べられていたやつだ。
ずいぶんと血まみれではあるが……。
『生きてはいるようね』
「ハーピィがあえて急所を狙わずに食べてたんだろうな」
ハーピィは獲物をいたぶるのが好きだという。
思えば、人間を空から落とすというのも典型的なハーピィのいたぶり方だ。
「あんた、大丈夫か?」
俺はその場にしゃがんで、ぱしぱしと青年の頬を叩いた。
一応、まだ意識もあったらしい。
「……は、ハーピィは……?」
「もう殺したぞ」
「こ、殺した……? バカな……」
青年がうっすらと目蓋を持ち上げて、怯えたようにこちらを見てくる。
「……き、君は…………人間、なの……か……?」
「ああ」
青年にも見えるように、俺は大きく頷いてみせた。
「――俺はテオ。この町の外から来た人間だ」