俺が魔物を狩るために入ったのは――美しい町だった。
清潔で、綺麗で、色彩も豊か。
町ゆく人たちの服装も、ちゃんと洗練されている印象がある。
しかし……。
「……」「…………」「……」「………………」「…………」「……」「………………」「……」「…………」「………………」「……」「……」「…………」「……」「…………」「………………………………」「……」「………………」「……」「……………………』「…………」「……」「……………………」「……」「……」「…………………………」
誰も、なにもしゃべっていなかった。
談笑しているらしき人々も、口を動かしているが……無言。
死んだ目で、顔に笑顔の失敗作のようなものを貼りつけているだけだ。
その様子は、外見だけを作り込んだドールハウスを思わせた。
「…………なんだ、この町は?」
『なんだか、趣味が悪いわね』
全てが綺麗に整えられているが、それゆえに全てが偽物臭い。
これならまだ、ボロ布をまとったいかにも家畜な人間たちが歩いていたほうが健全に思えてくる。
「……俺たちのいた町が家畜小屋だとしたら、この町はペットハウスといったところか」
『そうね。その認識でいいと思うわ』
フィーコが頷いた。
『魔物の中には2種類のタイプがいるの。人間を家畜として見るタイプと、ペットとして見るタイプよ。上流階級の魔物ほどペット扱いは多いわね』
「なんでだ?」
『それはもちろん、小汚い人間を食べるのは嫌だし、見栄だって張りたいのが魔物心じゃない』
「なるほど、お前も人間をペット扱いするタイプか」
『当たり前でしょう?』
そんな話をしながら、町を歩いていく。
住民たちは俺に目を向けると、ぎょっとしたように顔をそむける。
というか、フィーコを見て顔をそむけている。
「魔物を恐れてるのか……? とすると、それなりに魔物に虐げられてはいそうだな」
『そんなことより、せっかくだし、なにか食べていきましょう?』
フィーコがそわそわと屋台のほうを気にしていた。
俺も視線を追って見ると、食べ物の屋台も多く出ているようだ。
これなら今日の分の食事には困らないだろう。
と、そこで――はっとした。
「こ、これは……“甘きもの”の匂いッ!?」
『え……いきなり、なに?』
「……ッ! こっちだッ!」
『え、なに? なんなの?』
俺は駆けだした。いても経ってもいられなかった。
まさか、この時代に“あれ”があるとは……。
嗅覚を頼りに、ひとつの屋台へと駆け込む。
その屋台の店主がぎょっとしたような顔をしてきたが、かまってはいられない。
「あの、“甘きもの”は……ありますか?」
『敬語?』
「…………?」
店主には伝わらなかったらしく無言だ。
「こ、言葉が通じないのか……?」
『いえ、“甘きもの”じゃ意味不明でしょう? それって、なに? スイーツのこと?』
「“甘きもの”をそんな軽々しい名前で呼ぶな」
『とりあえず、プリンとかあるならよこしなさい。なんか、わたしも食べたくなってきたわ』
フィーコが言うと、店主がびくっとしながら頷いた。
まぁ、魔物に管理された町に暮らしているところに、いかにも魔物っぽいやつが話しかけてきたら、そりゃ怯えるだろう。
「そういえば、代価だが……」
他の屋台のほうを見ると、客は配給札らしきものを通貨代わりにしていた。ここは俺のいたオーガの町と同じだ。
とはいえ、この町の配給札なんて持ってないから物々交換をしたいところだが……。
「猪肉とかいるか?」
「…………」
店主はぶんぶんと首を横に振る。
いらない、ということらしい。
他にもなにか出そうとしたところで、店主は制止するように手を出してきた。
「なにもいらないってことか?」
「…………」
こくこくと頷く。
「まぁ、無料でいいなら助かるが」
そこでなんとなく察したが、おそらくここにある屋台は魔物のために用意された店なんだろう。とくに贅沢品の屋台は、採算が取れるほど客が入っていないように見えるし。
「…………」
それからしばらくすると、皿に飾りつけられたプリンが現れた。
皿を受け取ると、店主はそれ以上は関わり合いになりたくないとばかりに、あからさまに顔をそむけてくる。
『ふふ……完全に魔物だと思われてるわね、あなた』
フィーコがにまにまと笑う。
「たしかに、お前みたいなのをつれ歩いてたら、そうなるだろうな」
『つまり、わたしのおかげで甘い汁が吸えたってことね……スイーツだけに』
「………………」
『無言やめて』
まぁ、ともかく今は“甘きもの”だ。
とりあえず、近くにあったテラス席で食べることにする。
プリンが乗った皿をテーブルに置き、俺は居住まいを正して向き直った。
“甘きもの”との18年ぶりの再会だった。
「…………ずっと……ずっと……会いたかった」
『泣いてる……』
「人はパンのみによって生きるにあらず。“甘きもの”によって生きるのだ」
『ちょっと、なに言ってるのかわからない』
前世では、“甘きもの”こそが俺の活力だった。
冒険者だから長期間の粗食にも耐えられるとはいえ、それが18年も続くとさすがに精神が摩耗する。“甘きもの”を知ってしまっている舌にとっては、なおさらだ。
もはや、この時代では“甘きもの”と出会えないだろうとあきらめていたが。
まさか、こんなところで出会えるとは……。
「――――いただきます」
厳かに食前の祈りを捧げて、俺はスプーンを手に取った。
わずかな所作にも手を抜けない。そうしなければ、“甘きもの”に失礼だ。
『……あら? あれって、魔物じゃない? ねぇ、テオ……ねぇってば……』
フィーコがなにか言っているが無視だ。
どうせ、いつものように『一口食わせろ』とか言っているのだろう。
そんなのは不可能に決まっている。
それよりも、全神経を目の前の“甘きもの”に集中させよう。
「……………………」
周囲から雑音が消える。色が消える。あらゆるノイズが取り払われる。
もはや、この宇宙には俺と“甘きもの”のふたつしか存在しない。
そして、今――俺は“甘きもの”とひとつになるのだ。
俺はスプーンで、すっと、やらわかなプリンをすくい取った。
そして、一口……食べようとした、ところで――――。
――どしゃんッ!!
突然、空から人間が降ってきた。
「…………は?」
隕石のようにテーブルに着弾したその人間は、テーブルをべきっと真っ二つにへし折り、その衝撃で皿に乗っているプリンを宙へと飛翔させた。
“甘きもの”に集中しきっていた俺には、とっさに反応できなかった。
死の間際のようにスローモーションで流れる世界。
その中で、ぷるぷると波打ちながら放物線を描くプリン……。
「――ッ!? ――肉体強化ッ!」
我に返り、とっさに手を伸ばすも――すでに遅い。
その手はむなしく宙を切り。
べちゃっ、と“甘きもの”は地面に落下した。
「……ぁ…………ぁあああぁああ――――ッ!?」
『かつてない悲痛な叫び……』
「ま、まだだ……ッ!」
俺は地面に落ちた“甘きもの”へとスプーンを向けた。
まだだ……まだ、全てが終わったわけではない。
地面に落ちようが、“甘きもの”は“甘きもの”だ。
まだ食べられる。
否――食べなければならない。
俺はスプーンをふたたびプリンにさし入れ――。
――ぐちゃっ。
と、空から降ってきた鉤爪つきの足によって、プリンが踏み潰された。
手にしていたスプーンも、べきり、とへし折れる。
「くすくす。人間壊れちゃったぁ?」「くすくす。まーだだよぉ」「くすくす。まだまだ遊べるねぇ」
子供のような妙に舌っ足らずで甘ったるい声。
顔を上げると、そこには3匹のハーピィがいた。
鳥のような翼を持っている少女――のような怪鳥の魔物。
ハーピィたちは踏みつけたプリンのことなど気にすることもなく、くすくすと悪戯っぽく笑いながら、今しがた降ってきた青年へと襲いかかる。
いたぶることが目的なのだろう。あえて急所は狙わず、生きたまま人間を食っている。
「――――ぁァァッ!」
青年の絶叫が辺りに響きわたる。
他の人間たちはそれから顔をそむけながら、逃げるように離れていく。
そんな中、俺だけはその場から動かなかった。
「…………おい」
ハーピィたちは、その声で初めて俺に気づいたらしい。
ぎらぎらとした黒真珠のような瞳を、こちらに向けてきた。
幼さが残る女の子のような顔とは対照的に、その口元は凄絶なまでに血で汚れている。
「くすくす。人間だぁ」「くすくす。人間がしゃべってるぅ」「くすくす。あーあ、しゃべっちゃったぁ」「くすくす。気に入らなぁい」「くすくす。いじめちゃう?」「くすくす。爪をはいでぇ」「くすくす。手足をもいでぇ」「くすくす。目玉をつついてぇ」「くすくす。綺麗に飾りつけをしてぇ」「くすくす。綺麗な悲鳴を聞きながらぁ」「くすくす。食べちゃおーっと」
「……今、俺を食うと言ったか?」
「くすくす。そうよぉ?」「くすくす。だって人間はぁ」「くすくす。魔物に食べられるために生まれてきたんでしょお?」
「……逆だ」
一番手近にいたハーピィの首をつかみ――ぐしゃりと握りつぶした。
「…………え?」
果実が破裂したかのように、勢いよく血が爆ぜ散る。
仲間の返り血を浴びて、笑顔のまま凍りつくハーピィたち。
俺はそんなハーピィたちを順繰りに見下ろしながら、死刑を宣告するように言った。
「――――俺がお前らを、喰うんだ」
清潔で、綺麗で、色彩も豊か。
町ゆく人たちの服装も、ちゃんと洗練されている印象がある。
しかし……。
「……」「…………」「……」「………………」「…………」「……」「………………」「……」「…………」「………………」「……」「……」「…………」「……」「…………」「………………………………」「……」「………………」「……」「……………………』「…………」「……」「……………………」「……」「……」「…………………………」
誰も、なにもしゃべっていなかった。
談笑しているらしき人々も、口を動かしているが……無言。
死んだ目で、顔に笑顔の失敗作のようなものを貼りつけているだけだ。
その様子は、外見だけを作り込んだドールハウスを思わせた。
「…………なんだ、この町は?」
『なんだか、趣味が悪いわね』
全てが綺麗に整えられているが、それゆえに全てが偽物臭い。
これならまだ、ボロ布をまとったいかにも家畜な人間たちが歩いていたほうが健全に思えてくる。
「……俺たちのいた町が家畜小屋だとしたら、この町はペットハウスといったところか」
『そうね。その認識でいいと思うわ』
フィーコが頷いた。
『魔物の中には2種類のタイプがいるの。人間を家畜として見るタイプと、ペットとして見るタイプよ。上流階級の魔物ほどペット扱いは多いわね』
「なんでだ?」
『それはもちろん、小汚い人間を食べるのは嫌だし、見栄だって張りたいのが魔物心じゃない』
「なるほど、お前も人間をペット扱いするタイプか」
『当たり前でしょう?』
そんな話をしながら、町を歩いていく。
住民たちは俺に目を向けると、ぎょっとしたように顔をそむける。
というか、フィーコを見て顔をそむけている。
「魔物を恐れてるのか……? とすると、それなりに魔物に虐げられてはいそうだな」
『そんなことより、せっかくだし、なにか食べていきましょう?』
フィーコがそわそわと屋台のほうを気にしていた。
俺も視線を追って見ると、食べ物の屋台も多く出ているようだ。
これなら今日の分の食事には困らないだろう。
と、そこで――はっとした。
「こ、これは……“甘きもの”の匂いッ!?」
『え……いきなり、なに?』
「……ッ! こっちだッ!」
『え、なに? なんなの?』
俺は駆けだした。いても経ってもいられなかった。
まさか、この時代に“あれ”があるとは……。
嗅覚を頼りに、ひとつの屋台へと駆け込む。
その屋台の店主がぎょっとしたような顔をしてきたが、かまってはいられない。
「あの、“甘きもの”は……ありますか?」
『敬語?』
「…………?」
店主には伝わらなかったらしく無言だ。
「こ、言葉が通じないのか……?」
『いえ、“甘きもの”じゃ意味不明でしょう? それって、なに? スイーツのこと?』
「“甘きもの”をそんな軽々しい名前で呼ぶな」
『とりあえず、プリンとかあるならよこしなさい。なんか、わたしも食べたくなってきたわ』
フィーコが言うと、店主がびくっとしながら頷いた。
まぁ、魔物に管理された町に暮らしているところに、いかにも魔物っぽいやつが話しかけてきたら、そりゃ怯えるだろう。
「そういえば、代価だが……」
他の屋台のほうを見ると、客は配給札らしきものを通貨代わりにしていた。ここは俺のいたオーガの町と同じだ。
とはいえ、この町の配給札なんて持ってないから物々交換をしたいところだが……。
「猪肉とかいるか?」
「…………」
店主はぶんぶんと首を横に振る。
いらない、ということらしい。
他にもなにか出そうとしたところで、店主は制止するように手を出してきた。
「なにもいらないってことか?」
「…………」
こくこくと頷く。
「まぁ、無料でいいなら助かるが」
そこでなんとなく察したが、おそらくここにある屋台は魔物のために用意された店なんだろう。とくに贅沢品の屋台は、採算が取れるほど客が入っていないように見えるし。
「…………」
それからしばらくすると、皿に飾りつけられたプリンが現れた。
皿を受け取ると、店主はそれ以上は関わり合いになりたくないとばかりに、あからさまに顔をそむけてくる。
『ふふ……完全に魔物だと思われてるわね、あなた』
フィーコがにまにまと笑う。
「たしかに、お前みたいなのをつれ歩いてたら、そうなるだろうな」
『つまり、わたしのおかげで甘い汁が吸えたってことね……スイーツだけに』
「………………」
『無言やめて』
まぁ、ともかく今は“甘きもの”だ。
とりあえず、近くにあったテラス席で食べることにする。
プリンが乗った皿をテーブルに置き、俺は居住まいを正して向き直った。
“甘きもの”との18年ぶりの再会だった。
「…………ずっと……ずっと……会いたかった」
『泣いてる……』
「人はパンのみによって生きるにあらず。“甘きもの”によって生きるのだ」
『ちょっと、なに言ってるのかわからない』
前世では、“甘きもの”こそが俺の活力だった。
冒険者だから長期間の粗食にも耐えられるとはいえ、それが18年も続くとさすがに精神が摩耗する。“甘きもの”を知ってしまっている舌にとっては、なおさらだ。
もはや、この時代では“甘きもの”と出会えないだろうとあきらめていたが。
まさか、こんなところで出会えるとは……。
「――――いただきます」
厳かに食前の祈りを捧げて、俺はスプーンを手に取った。
わずかな所作にも手を抜けない。そうしなければ、“甘きもの”に失礼だ。
『……あら? あれって、魔物じゃない? ねぇ、テオ……ねぇってば……』
フィーコがなにか言っているが無視だ。
どうせ、いつものように『一口食わせろ』とか言っているのだろう。
そんなのは不可能に決まっている。
それよりも、全神経を目の前の“甘きもの”に集中させよう。
「……………………」
周囲から雑音が消える。色が消える。あらゆるノイズが取り払われる。
もはや、この宇宙には俺と“甘きもの”のふたつしか存在しない。
そして、今――俺は“甘きもの”とひとつになるのだ。
俺はスプーンで、すっと、やらわかなプリンをすくい取った。
そして、一口……食べようとした、ところで――――。
――どしゃんッ!!
突然、空から人間が降ってきた。
「…………は?」
隕石のようにテーブルに着弾したその人間は、テーブルをべきっと真っ二つにへし折り、その衝撃で皿に乗っているプリンを宙へと飛翔させた。
“甘きもの”に集中しきっていた俺には、とっさに反応できなかった。
死の間際のようにスローモーションで流れる世界。
その中で、ぷるぷると波打ちながら放物線を描くプリン……。
「――ッ!? ――肉体強化ッ!」
我に返り、とっさに手を伸ばすも――すでに遅い。
その手はむなしく宙を切り。
べちゃっ、と“甘きもの”は地面に落下した。
「……ぁ…………ぁあああぁああ――――ッ!?」
『かつてない悲痛な叫び……』
「ま、まだだ……ッ!」
俺は地面に落ちた“甘きもの”へとスプーンを向けた。
まだだ……まだ、全てが終わったわけではない。
地面に落ちようが、“甘きもの”は“甘きもの”だ。
まだ食べられる。
否――食べなければならない。
俺はスプーンをふたたびプリンにさし入れ――。
――ぐちゃっ。
と、空から降ってきた鉤爪つきの足によって、プリンが踏み潰された。
手にしていたスプーンも、べきり、とへし折れる。
「くすくす。人間壊れちゃったぁ?」「くすくす。まーだだよぉ」「くすくす。まだまだ遊べるねぇ」
子供のような妙に舌っ足らずで甘ったるい声。
顔を上げると、そこには3匹のハーピィがいた。
鳥のような翼を持っている少女――のような怪鳥の魔物。
ハーピィたちは踏みつけたプリンのことなど気にすることもなく、くすくすと悪戯っぽく笑いながら、今しがた降ってきた青年へと襲いかかる。
いたぶることが目的なのだろう。あえて急所は狙わず、生きたまま人間を食っている。
「――――ぁァァッ!」
青年の絶叫が辺りに響きわたる。
他の人間たちはそれから顔をそむけながら、逃げるように離れていく。
そんな中、俺だけはその場から動かなかった。
「…………おい」
ハーピィたちは、その声で初めて俺に気づいたらしい。
ぎらぎらとした黒真珠のような瞳を、こちらに向けてきた。
幼さが残る女の子のような顔とは対照的に、その口元は凄絶なまでに血で汚れている。
「くすくす。人間だぁ」「くすくす。人間がしゃべってるぅ」「くすくす。あーあ、しゃべっちゃったぁ」「くすくす。気に入らなぁい」「くすくす。いじめちゃう?」「くすくす。爪をはいでぇ」「くすくす。手足をもいでぇ」「くすくす。目玉をつついてぇ」「くすくす。綺麗に飾りつけをしてぇ」「くすくす。綺麗な悲鳴を聞きながらぁ」「くすくす。食べちゃおーっと」
「……今、俺を食うと言ったか?」
「くすくす。そうよぉ?」「くすくす。だって人間はぁ」「くすくす。魔物に食べられるために生まれてきたんでしょお?」
「……逆だ」
一番手近にいたハーピィの首をつかみ――ぐしゃりと握りつぶした。
「…………え?」
果実が破裂したかのように、勢いよく血が爆ぜ散る。
仲間の返り血を浴びて、笑顔のまま凍りつくハーピィたち。
俺はそんなハーピィたちを順繰りに見下ろしながら、死刑を宣告するように言った。
「――――俺がお前らを、喰うんだ」