人狼の城を出発してから3日後。
俺は森の中で、魔猪と対峙していた。
魔猪の口元にぶら下がっているのは、食べかけの人間の腕。
おそらくは近くの村にでも入って、人間をつまみ食いしてきたんだろう。
食事の邪魔をしたせいか、ふしゅるるる……と魔猪はでかい鼻を不機嫌そうに震わせ――。
『来るわよ』
「……ああ」
突撃槍を思わせる巨大な牙が、高速回転しながら迫ってくる。
魔猪が牙を振り回すたびに、樹齢うん百年はありそうな大木が軽々とちぎれ飛ぶ。障害物などこいつの前では、ただこちらの視界を遮るだけのものでしかないようだ。
俺は魔猪の突進を避けながら、近くで退屈そうにふよふよしていたフィーコをちらりと見た。
「フィーコ、こいつの天恵はわかるか?」
『知らないわよ、こんな野良の魔物の天恵なんて。どうせ、牙がぎゅいーんって回る天恵とかじゃないの?』
「まあ、だろうな」
魔猪の額を見ると、そこに刻まれているレベルは14。
野良にしてはそれなりのレベルだが……同じくレベルが10台のオーガが“筋肉量を操作させる天恵”であったことからも、たいした天恵ではないと予想はつく。
「とりあえず、やっかいな天恵でもないなら話は簡単だな」
俺はこちらを睨んでくる魔猪と向き直った。
ふたたび突進しようとしてか、牙がまた高速回転を始める。
「俺を食うつもりか? 残念だが……」
手にした剣に、風の魔力をからみつかせる。
「――俺が、お前を喰うんだ」
森をえぐり飛ばしながら突進してくる魔猪。
俺はその突進と真っ向から対峙し――剣を振り下ろした。
「――風王剣」
剣が、虚空を斬る――。
その刹那、剣身にからみついていた風が、鋭い衝撃波となって放たれた。
それは、まさに飛び翔る剣撃。
ひゅん――ッ! と、風はうなり声を上げながら魔猪へと迫り、その巨体の中心を……通過した。
魔猪の突進は止まらない。
だが、俺に衝突する寸前……。
その巨体はまるで俺を避けようとするように、左右に真っ二つに分かれ――ずしんっ! と、ふたつの肉塊が地面を転がり、衝撃で木々がざわざわと震えだす。
そして……静寂。
「――討伐完了だ」
しばらくして、魔猪の額のレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれた。
かちり、と手の甲に刻まれた紋章が変化する。
「……これで、ようやくレベル61か」
3日ぶりのレベルアップだ。
さすがに、そろそろ上がりにくくなってきたか。
人狼の城を出た時点でのレベルは60。
そこから3日間、それなりに野良の魔物を倒したのに、レベルは1しか上がっていない。
いや、前世でのペースを考えれば充分に早いのだが。
『そんなことより……それが、今日のランチかしら?』
「ん? ああ、そろそろ人狼の城で補給した食料も減ってきたしな」
魔猪を狩ったのは、文字通り、食べるためでもある。
俺はさっそく魔猪の足を切り落とし、肉を剥ぎ取った。
巨体だから足だけでも充分な量だ。
それから、鍋に“水塊”の魔法で水を張り、“手火”の魔法で熱した石を適時入れ、湯気があまり出ない程度に湯を沸かす。これなら焚き火をするというリスクをおかさずに温かいものを食べられる。
最後に、魔猪の骨と肉とハーブをぼとぼとと鍋に投入して、岩塩で味を整えつつ煮ていけば――。
「――完成だ」
本日の献立に名前をつけるなら、『魔猪のスープ~冒険者風~』といったところか。
冒険中に食べるものといえば、だいたいこんな感じのものだ。
「ああ……懐かしい味だ」
前世では食い飽きていたが、久しぶりに食べてみるとやたら美味く感じる。前世でも現世でも家族の記憶がない俺にとっては、これこそが故郷の味みたいなものだ。
「……はぐ……はぐ……ッ」
作法など無視して、豪快に肉をむさぼり、骨の髄をすする。
その様子を、いつものことながらフィーコが指をくわえて眺めていた。
『ふ、ふん……野蛮な料理ね』
「とか言いながら、どうせ食べたいんだろ」
肉の塊をスプーンですくって、ほいほいと目の前で揺らしてやると。
『あっ……あっ……』
と、猫のようにつられる誇り高き不死鳥。
『……って、霊体だと食べられないじゃない!』
誇り高き不死鳥、学習能力がなかった。
そんなこんなで、なごやかな食事が続き……。
「それにしても……快適、だな」
『なによ、いきなり?』
「いや、なんとなく……そう思ってな」
そう、ここ3日間の道中は、まさに快適の一言だった。
人狼の城では派手に暴れたが、まだ追っ手には見つかっていない。
たまにフィーコに街道のほうを調べさせているが、どうやら追っ手らしき魔物たちは、俺がいたオーガの町の方面へと向かっているとのことだった。まさか、魔物の支配から脱した人間が、一直線に魔界へと向かっているとは思っていないのだろう。
だからこそ、快適な旅となっていたが……。
しかし、俺の冒険は“快適”ではいけないのだ。
「で、だ……」
俺はスープの椀をいったん置いてから切り出した。
「そろそろ、まともにレベル上げがしたい」
前世でのレベルアップのペースを考えれば、それでも充分に早いが。
しかし、“充分に早い”では――まだ遅い。
城を1つ潰した時点で、追っ手に見つかるのは時間の問題だ。
フィーコぐらいの魔物に見つかる前に、どれだけレベルを上げられるかが勝負となってくるが。
「……やっぱり、これぐらいのレベルになってくると上がりにくくなるな。野良のザコをいくら倒してもダメだ」
『ま、野良の魔物は、強くてもレベル20ぐらいだものね。それ以上のレベルの魔物はだいたい知性があるし、みんな爵位を与えられて領地管理をしてるんじゃないかしら』
爵位というのは魔物の階級だと、フィーコから説明を受けたことがある。
目安としては、レベル20台で騎士爵、レベル30台で男爵、レベル40台で子爵、レベル50台で伯爵、レベル60台で侯爵、レベル70台で公爵……といったところらしい。
爵位持ちの魔物は、軍事拠点や領地の管理にあたっており、野生でうろうろしていたりはしないとのこと。
「なら、強い魔物を倒したいと思ったら……どこかの町に入って、爵位持ちの魔物と戦わないとダメってことか」
『まあ、そうね』
となれば、次にすべきことは――都市の襲撃か。
俺は森の中で、魔猪と対峙していた。
魔猪の口元にぶら下がっているのは、食べかけの人間の腕。
おそらくは近くの村にでも入って、人間をつまみ食いしてきたんだろう。
食事の邪魔をしたせいか、ふしゅるるる……と魔猪はでかい鼻を不機嫌そうに震わせ――。
『来るわよ』
「……ああ」
突撃槍を思わせる巨大な牙が、高速回転しながら迫ってくる。
魔猪が牙を振り回すたびに、樹齢うん百年はありそうな大木が軽々とちぎれ飛ぶ。障害物などこいつの前では、ただこちらの視界を遮るだけのものでしかないようだ。
俺は魔猪の突進を避けながら、近くで退屈そうにふよふよしていたフィーコをちらりと見た。
「フィーコ、こいつの天恵はわかるか?」
『知らないわよ、こんな野良の魔物の天恵なんて。どうせ、牙がぎゅいーんって回る天恵とかじゃないの?』
「まあ、だろうな」
魔猪の額を見ると、そこに刻まれているレベルは14。
野良にしてはそれなりのレベルだが……同じくレベルが10台のオーガが“筋肉量を操作させる天恵”であったことからも、たいした天恵ではないと予想はつく。
「とりあえず、やっかいな天恵でもないなら話は簡単だな」
俺はこちらを睨んでくる魔猪と向き直った。
ふたたび突進しようとしてか、牙がまた高速回転を始める。
「俺を食うつもりか? 残念だが……」
手にした剣に、風の魔力をからみつかせる。
「――俺が、お前を喰うんだ」
森をえぐり飛ばしながら突進してくる魔猪。
俺はその突進と真っ向から対峙し――剣を振り下ろした。
「――風王剣」
剣が、虚空を斬る――。
その刹那、剣身にからみついていた風が、鋭い衝撃波となって放たれた。
それは、まさに飛び翔る剣撃。
ひゅん――ッ! と、風はうなり声を上げながら魔猪へと迫り、その巨体の中心を……通過した。
魔猪の突進は止まらない。
だが、俺に衝突する寸前……。
その巨体はまるで俺を避けようとするように、左右に真っ二つに分かれ――ずしんっ! と、ふたつの肉塊が地面を転がり、衝撃で木々がざわざわと震えだす。
そして……静寂。
「――討伐完了だ」
しばらくして、魔猪の額のレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれた。
かちり、と手の甲に刻まれた紋章が変化する。
「……これで、ようやくレベル61か」
3日ぶりのレベルアップだ。
さすがに、そろそろ上がりにくくなってきたか。
人狼の城を出た時点でのレベルは60。
そこから3日間、それなりに野良の魔物を倒したのに、レベルは1しか上がっていない。
いや、前世でのペースを考えれば充分に早いのだが。
『そんなことより……それが、今日のランチかしら?』
「ん? ああ、そろそろ人狼の城で補給した食料も減ってきたしな」
魔猪を狩ったのは、文字通り、食べるためでもある。
俺はさっそく魔猪の足を切り落とし、肉を剥ぎ取った。
巨体だから足だけでも充分な量だ。
それから、鍋に“水塊”の魔法で水を張り、“手火”の魔法で熱した石を適時入れ、湯気があまり出ない程度に湯を沸かす。これなら焚き火をするというリスクをおかさずに温かいものを食べられる。
最後に、魔猪の骨と肉とハーブをぼとぼとと鍋に投入して、岩塩で味を整えつつ煮ていけば――。
「――完成だ」
本日の献立に名前をつけるなら、『魔猪のスープ~冒険者風~』といったところか。
冒険中に食べるものといえば、だいたいこんな感じのものだ。
「ああ……懐かしい味だ」
前世では食い飽きていたが、久しぶりに食べてみるとやたら美味く感じる。前世でも現世でも家族の記憶がない俺にとっては、これこそが故郷の味みたいなものだ。
「……はぐ……はぐ……ッ」
作法など無視して、豪快に肉をむさぼり、骨の髄をすする。
その様子を、いつものことながらフィーコが指をくわえて眺めていた。
『ふ、ふん……野蛮な料理ね』
「とか言いながら、どうせ食べたいんだろ」
肉の塊をスプーンですくって、ほいほいと目の前で揺らしてやると。
『あっ……あっ……』
と、猫のようにつられる誇り高き不死鳥。
『……って、霊体だと食べられないじゃない!』
誇り高き不死鳥、学習能力がなかった。
そんなこんなで、なごやかな食事が続き……。
「それにしても……快適、だな」
『なによ、いきなり?』
「いや、なんとなく……そう思ってな」
そう、ここ3日間の道中は、まさに快適の一言だった。
人狼の城では派手に暴れたが、まだ追っ手には見つかっていない。
たまにフィーコに街道のほうを調べさせているが、どうやら追っ手らしき魔物たちは、俺がいたオーガの町の方面へと向かっているとのことだった。まさか、魔物の支配から脱した人間が、一直線に魔界へと向かっているとは思っていないのだろう。
だからこそ、快適な旅となっていたが……。
しかし、俺の冒険は“快適”ではいけないのだ。
「で、だ……」
俺はスープの椀をいったん置いてから切り出した。
「そろそろ、まともにレベル上げがしたい」
前世でのレベルアップのペースを考えれば、それでも充分に早いが。
しかし、“充分に早い”では――まだ遅い。
城を1つ潰した時点で、追っ手に見つかるのは時間の問題だ。
フィーコぐらいの魔物に見つかる前に、どれだけレベルを上げられるかが勝負となってくるが。
「……やっぱり、これぐらいのレベルになってくると上がりにくくなるな。野良のザコをいくら倒してもダメだ」
『ま、野良の魔物は、強くてもレベル20ぐらいだものね。それ以上のレベルの魔物はだいたい知性があるし、みんな爵位を与えられて領地管理をしてるんじゃないかしら』
爵位というのは魔物の階級だと、フィーコから説明を受けたことがある。
目安としては、レベル20台で騎士爵、レベル30台で男爵、レベル40台で子爵、レベル50台で伯爵、レベル60台で侯爵、レベル70台で公爵……といったところらしい。
爵位持ちの魔物は、軍事拠点や領地の管理にあたっており、野生でうろうろしていたりはしないとのこと。
「なら、強い魔物を倒したいと思ったら……どこかの町に入って、爵位持ちの魔物と戦わないとダメってことか」
『まあ、そうね』
となれば、次にすべきことは――都市の襲撃か。