「――よし、レベルアップしたな」
人狼を始末したあと。
人狼の額にあるレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれた。
俺のレベル刻印が58から59へと、かちりと変化する。
レベルアップの証だ。
『えー、たった1だけしか上がらないの?』
「人狼とはレベル差もあったし、こんなもんだろ」
レベルは高くなればなるほど上がりにくくなるし、1だけでも上がったなら御の字だ。
そもそも、この人狼の城に来たメインの目的は、レベルアップじゃなくて物資調達だしな。
『とはいえ、魔物ならもうすぐ侯爵級になれるレベルだわ。まさか、人間がそんなレベルになるとはね』
「まあ、まだまだこれからだけどな。俺が目指しているのは、“そこそこ強くなること”じゃなくて、最速で最強へと至り――“王”を倒すことだ」
『ふふ……そうこなくっちゃ』
「できれば、レベル70まではすぐに上げたいな」
レベル70になれば世界が変わる。
魔力量的に、超級魔法を実戦レベルで使えるようになるからだ。
今のレベルでは上級魔法を連発できても、超級魔法は発動すら厳しいからな。
いずれフィーコレベルの追っ手と衝突したとき、上級魔法のみでは対処が難しいだろう。
『うーん、それにしても……』
ふと、フィーコが小首をかしげた。
『さっきの質問って、なんの意味があったの?』
「質問?」
『ほら、人間をどれだけ食べてたか聞いてたでしょう?』
「ああ」
そこまで言われて思い至る。
さっき、人狼の首をはねる前のやり取りのことか。
『もしかして……同族を食べられて怒ったのかしら? ねぇ、悔しかった? 同族を食べられて悔しかった?』
フィーコが意地悪くにまにまと笑う。
こいつがそういう笑い方をするのは、俺を小馬鹿にするときだ。
とはいえ……見当違いだな。
「そういうわけじゃない」
この程度の悲劇なんて、どこにでも転がっている。
仲良くなった者ですら何人も食われてきたのだ。今さら見ず知らずの相手が食われて悲しめるほど、俺は優しい人間ではない。
「俺がその質問をしたのは、長期戦になったときの対策のためだ」
『ふぇ?』
「再生能力持ちには、胃袋が立派な急所になるからな。とくに腹を満たしている場合は……剣を刺すと胃袋が破裂して、体内にその中身をまき散らすことができる。それが内臓にかかれば地獄のような痛みを味わい、まともに身動きできなくなり――そのうちショック死する。たとえ体を再生させたところで、体内にぶちまけられた胃の中身はどうにもならない。腹を切り開いて、中を丸洗いでもしないかぎりはな。だからこそ……」
『あ、うん……もういいわ。ストップ』
フィーコに話を遮られた。
なぜか顔を青くしながら、お腹を押さえている。
『……いつかまた、あなたと戦うときは……お腹をすかせておくことにするわ』
「好きにしろ」
俺はそう言ってから。
「……それはそうと、だ」
ひゅん――っ! と、背後から飛来してきた矢をキャッチする。
ふり返ると、部屋の入り口にコボルトたちが陣取っていた。
俺が人狼と戦っている間に、ここまで追いついてきたらしい。
リーダーの人狼を倒されたことで混乱もあるようだが、戦意は失っていないようだ。
縄張り意識が強いのか、数がいれば勝てるとでも思ったのか。
それとも……しょせん人間だと甘く見ているのか
なんにせよ、俺がやることに変わりはない。
「どこぞの不死鳥といい……わざわざ喰われに来てくれるなんて、近ごろの魔物はいいサービスしてるんだな」
どうせ、あとで狩り尽くすつもりだったが、こちらから出向く手間が省けた。
人狼戦の直後とはいえ、魔力も体力も充分に残してある。
俺は剣をかまえて舌なめずりをした。
「それじゃあ、お待ちかねの……レベル上げの時間だ」
◇
俺は城内を駆けめぐって、コボルトの集団をばっさばっさと斬り捨てていた。
とはいえ、それほど爽快感のある絵面でもなく……。
「…………ちょこまかと、逃げるな……ッ!」
コボルト殲滅戦はわりと泥仕合みたいになっていた
なにせ、敵の数が多すぎるのだ。
最初は数十匹ぐらいかとたかをくくっていたが、その予想の10倍はいた。
しかも、コボルトは賢いというかずる賢いというか……弓を使ってひたすら遠距離からヒット&アウェイ戦法を取ってきたり、城のあちこちに罠を仕掛けてきたりと、やたらと面倒臭い戦い方をしてくる。
そのうえ、体が小さいせいで的も小さく、攻撃も当てづらい。
温存していたはずの体力や魔力も、戦いが長引くにつれて消耗が激しくなってきた。
前世でもコボルトの群れと戦ったことは何度もあるが……。
だいたい巣穴に煙を流し込んで、燻り出した相手をまとめて叩くだけだったからな。
まともに巣穴の中に突っ込むとこれだけ面倒な相手なのかと、今さらながらに思い知らされた。
なんなら人狼よりも、よっぽどやっかいな相手だ。
「くそっ……粘着!」
やけくそ気味に魔力を惜しみなく使って、水属性の付与魔法を発動する。
城全体の床や壁に粘着力が付与され、逃げようとしていたコボルトたちの足がぴたりと止まった。まさにコボルトほいほいと言ったところか。
床から足を剥がそうともがいているコボルトたちを斬り捨て、俺はその場で膝に手をつく。
「……これで、終わり……か?」
“魔力色覚”を使って残党の気配を探ってみるが。
とりあえず、反応は――なし。
どこかに討ち漏らしがいるかもしれないけど、少なくとも近くにコボルトはいないだろう。
俺はようやく安堵の息を吐いて、自身にかけていた強化魔法を解除した。
「…………疲れた」
ぐったりと壁にもたれかかる。
そんな俺とは対照的に、フィーコはつやつやとした顔をして笑っていた。
『まったく……人間は軟弱ね。たかがコボルト相手にこんなに疲れるなんて。いったい、なんでそんなに疲れてるのかしら?』
「くそっ、こいつ……人が必死に戦ってるのに、全力で邪魔しにきやがって……」
フィーコは途中から退屈しだしたのか、なんか裏切ってコボルト側に回っていた。
というか、いつの間にかコボルトたちのリーダーポジションになってたな、こいつ……。
コボルトたちに俺の居場所を教えたり、俺が仕掛けた罠の位置を教えたり、目の前をふよふよ漂って視界をふさいできたりと、霊体でもできる範囲であらゆる妨害をし……。
なんかもう、途中から“俺vsフィーコ”みたいな構図になっていた。
『だって、あなたの苦痛に歪む顔が見たかったんだもの。どうせ、あなたならちょっと邪魔しても勝てるし、それなら楽しまないと損でしょう?』
「こいつ……絶対に、あとで泣かす」
『やれるものならやってみなさい』
フィーコが、べーっと舌を出す。
まぁ、とはいえ……こいつの邪魔がなかったところで、ここまでコボルトの数が多いと消耗戦にはなっただろうけどな。
ただ、それだけ苦労したかいもあり、コボルトを狩り尽くすころにはレベルが1上がってくれていたが。
これでレベルは60だ。
そんなこんなで、とくに見どころのないコボルト戦が終わったあと。
俺は物資調達のために、城壁内にある倉庫へと向かった。