……人狼のガルドの生涯は、これまで順調の一言だった。
レベル46という高レベルの魔物として生まれ、生まれながらにして爵位が与えられることが決まっていた。
戦闘力も、知力も、人間狩りのうまさも、周りの魔物より頭ひとつ抜けていた。
出世間違いなしだと言われ、若くして城の管理を任された。
ガルドの将来は輝かしいものになるはずだった。
そのはずだった、のに――。
「…………な、なに……が……?」
わけが、わからなかった。
気づけば、視界がごろんと転がっていた。
首を失った自分の胴体を見て、ようやく首をはねられたのだと気づいた。
(なんだ、これは……? なんだ、この状況は……?)
ありえない。
人間ごときが、この人狼の首をはねたとでも言うのか……?
『あー、ずるいんだぁ』
と、混乱しているガルドの耳に、下級霊の女の声が聞こえてきた。
なにやら、人間と話しているらしい。
「はっ……こいつも言ってただろ? この世は狩ったもん勝ちだってな」
『まったく、美しくないわね。みんな、戦いの美学というものはないのかしら』
「ない」
『まぁ、でも……面白いぐらい綺麗に引っかかったわね』
「獣系の魔物は素早く動くものを目で追う習性があるし、上を向いたときに鼻っ面が邪魔で前方が死角になるからな。もっとも……油断してなければ、こんな手には引っかからなかっただろうが」
『つまり、このもふもふがザコだったってことね』
もはや下級霊と人間は、ガルドなどいないかのように会話をしていた。
(……気に、食わねェ……ちょっと不意打ちで攻撃を当てたからって、いい気になりやがって……)
まだ戦いは終わってないのだ。
人狼の生命力と再生能力をもってすれば、首をはねられたぐらいで死ぬことはない。たとえ、首だけになっても相手に食らいつくのが人狼だ。
まだ、ガルドは戦える。
「……てめェら……なに、勝った気になってんだァ……」
ガルドが人間を睨みつけると、「ほぅ……」と感心したような目で見られた。
「まだしゃべれるのか。人狼の執念深さには恐れ入る」
「……はッ、なめてんじゃねェよ」
ガルドは鼻で笑う。
「なァ……知ってるかァ? 人狼の天恵は、月光を魔力に変える力だァ。だけどよォ……それは昼間なら楽に倒せるって意味じゃあねェ。月はなァ……昼でも光ってんだよ……ッ!」
――再生能力。
それこそが、人狼の最大の特徴だ。
同じレベルの魔物と比べて、けっして力が強いわけじゃない。
しかし人狼は、魔力があるかぎり肉体を再生することができる。それも月の光を浴びていれば――ほとんど不死身と言ってもいいほどの再生能力を誇る。
無限に回復する肉体。尽きないスタミナ。
首だけになっても敵に食らいついて離さない執念深さ。
たとえレベルが少し上の相手と戦おうが、いつも最後に立っているのはガルドだった。
「月光の下にいるかぎり、俺は……無敵だ――ッ!」
ガルドは下顎で地面を蹴って、人間に向かって飛びかかった。
まさか、首だけで攻撃してくるとは思わないはず。反応すらできないはず。
ガルドはがばっと大口を開けて、人間の首へと食らいつこうとし――。
――ごすっ。
と、ガルドの目に剣が突き立てられた。
「…………ぁ……?」
眼球と骨を突き破られ、頭蓋の内部にまで冷ややかな異物感が侵入してくる。
剣を手にしているのは――人間だ。
当然のようにガルドの攻撃は対処された。
「なぁ、知ってるか?」
人間が冷たい声音で言う。
「人狼は――殺せば、死ぬんだ」
その声色からは、戦闘の興奮などは微塵も感じられない。
手順通りに淡々と処理されているような感覚さえ抱く。
その人間の目は、まさに魔物が人間を屠殺するときと同じで……。
…………怖い。
生まれて初めて、敵に恐怖を覚えた。
自分が食う側ではなく、食われる側だったのだと、このとき初めて認識した。
今から、この人間に――喰われる。
そのイメージが鮮明に脳裏に浮かび上がり――。
「――な、なめるなァッ!!」
ガルドが咆哮する。
脳裏のイメージを弱気もろとも吹き飛ばすように叫び続ける。
「……たかが人間がァッ! 食い物のくせに、調子に乗んじゃねェッ! オレはなァ、強いんだッ! 爵位持ちなんだッ! 本当は、もっとッ……人間なんて、足元にも及ばないぐらい……強い、んだよッ!」
自分がこんなところでやられていいはずがない。
これから輝かしい出世の未来が待っているというのに……。
爵位持ちである自分が、家畜なんかに負けていいはずがない。
「俺はレベル46の人狼だッ! レベル1の人間なんかに負けるわけがねェだろうがァッ!」
「ああ、そういえば言ってなかったが……」
と、人間が思い出したように呟いた。
「俺のほうがレベルは上だぞ?」
「…………あァ?」
ふと、人間の手の甲が見えた。
青白く輝いているレベル刻印。
それが示しているレベルは――“58”。
「…………え…………な、なん……で……?」
混乱する。言葉が出てこない。
意味がわからない。理解ができない。
「さて、遺言はもう終わりだな?」
人間がガルドに刺している剣の鉄鍔に親指をかけた。
「……ッ」
嫌な予感がした。獣の本能が警鐘を鳴らした。
このままでは――死ぬ。
「ま、待……ッ!」
しかし、ガルドの言葉を待たずして。
人間の手の中で、青白い雷光が弾けた。
「――雷手」