「…………あァン? なんだァ……さっきから、うるせェな……」
謁見の間を思わせる広間の奥に、人骨の山が築かれていた。
その上にどっかりと腰かけているのは――銀色の毛並みをした二足歩行の狼。
その額には“46”を示すレベル刻印。
――人狼。
まさにこいつこそが、この城の主だ。
人狼は、俺をぎろりと睨みつける。
「オレの食事中に……なんだァ、てめェは?」
「人間だ」
俺は短く答えて、剣をかまえた。
しかし、人狼は完全に油断しきっているのか食事の手を止めない。
「人間……? なんだ、どっかから逃げてきたのかァ? ったく、コボルトどもはなにをしてやがる……家畜の屠殺もろくにできねェなんて、これだから低レベルはよォ」
人狼は手にしていた人間の腕を丸呑みにすると、ばりばりと苛立たしげに噛み砕いた。
それから、人骨の山から飛び降りる。
「まァいい……ちょうど、こんだけじゃ足りねェと思ってたところだ。わざわざ自分から食われに来てくれるなんて、近ごろの食い物はいいサービスしてんなァ」
人狼が舌なめずりをしながら、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
その顔に浮かんでいるのは底意地の悪い笑みだ。
人狼は人間を好んで食べる魔物の筆頭――それも、とくに人間をいたぶって狩ることを好むことで知られている。
「……おィおィおィ、美味そうな人間だなァ。オレは噛みごたえのあるオスの肉が大好物なんだよ」
人狼が脅すように、こちらに凄みをきかせた顔を近づけてきた。
べっとりとした生温かい吐息が、顔にまとわりつく。
鼻をつくような血と腐肉の臭いに、俺は思わず顔をしかめた。
(不愉快だから、さっさと殺すか……)
そう思ったところで。
『ねぇ、そこのもふもふ』
興味なさそうに黙っていたフィーコが、なんか会話に参戦した。
人狼はそこで初めて、フィーコの存在に気づいたらしい。
「……あァ? 下級霊がなんでこんなとこに? 仕事の話ならコボルトを通せって……」
『下級霊なんかと一緒にしないでほしいわ。それより……そこにいる人間はわたしの獲物よ。あなたの臭い息を吹きかけないでくれるかしら』
「あァン? 誰に向かって、その口を聞いてやがる? オレは爵位持ちのガルドだぞ? ザコは引っ込んでやがれ」
『……ザコ? あなた、今……この誇り高きわたしに向かって、ザコと言ったの?』
フィーコのまとう雰囲気が一変した。
その目からどろりと光が抜け落ち、底のない穴のような眼窩が、人狼をじっと見つめる。
『ねぇ、あなた……誰に向かってその口を聞いてるのかしら?』
「……ッ!?」
人狼がびくっと後ずさる。
「な……なんだァ、てめェ? どこのもんだ……? まさか、この人間の味方か……?」
『敵よ』
「……そ、そりゃそうだよなァ。人間と魔物は食うか食われるかの関係でしかねェ。だったらよォ、獲物は狩ったもん勝ちでいいだろうが」
『ふんっ……ま、やってみればいいわ。やれるものなら……ね』
フィーコの冷たい笑みを浮かべて、こちらに目配せしてきた。
――やっちゃいなさい。
その瞳はそう語っていた。
たぶん、“ザコ”って言われて内心かなりキレているんだろう。
俺は肩をすくめてみせてから、人狼に話しかける。
「おい、人狼……1つ、聞いてもいいか?」
「なんだァ、人間がァ? 命乞いでもするかァ?」
「お前は今日、どれだけ人間を食った?」
「あァン? 1匹まるまる食ったが……それがどうかしたかァ?」
「そうか、わかった」
聞きたいことは聞けた。
なら、あとは――狩るだけだ。
俺はしばし目をつぶったあと、ふたたび人狼に向き直る。
「なぁ……ひとつ、ゲームをしないか?」
「あァン? ゲームだァ?」
「ただ狩って終わりじゃ、お前もつまらないだろ? もちろん……負けるのが怖いなら乗らなくてもいいけどな」
「……はッ!」
人狼が大きく鼻を鳴らす。
「べつに乗ってやってもいいぜェ? どうせ、なにをしたところで、レベル1の人間がレベル46の人狼に勝てるわきゃねェからなァ。それに知ってるかァ? 人間の肉ってのは、絶望させればさせるほど美味くなるんだよ」
「……チョロいな」
「あァン? なんか言ったかァ?」
「べつになにも」
まぁ、獣系の魔物は、“どっちが上か?”をかなり気にするからな。
ちょっと挑発すれば、脊髄反射で乗ってくるのは目に見えていたが。
「でよォ、ゲームって、なにすんだ?」
「まぁ、ルールはびっくりするほど簡単だ」
俺は両手に持った2つの剣を、人狼の眼前に掲げた。
「まず……この2つの剣のうち、片方を上に放り投げる」
言いながら、俺は実演するように剣を真上に投げた。
くるくると刃光の軌跡を描きながら、宙に舞う剣。
それを人狼が目で追い――。
――――すぱんっ。
と、俺はその首を剣ではねた。
「――そして、もう片方の剣で、俺がお前を狩る。以上だ」
「…………ぇ……は……?」
一瞬遅れて、人狼の首から血が噴き上がった。
その勢いに押されたかのように、首がぼとりと地面に落ちる。
その首を見下ろしながら、俺はにやりと笑ってみせた。
「――ほらな、簡単だっただろう?」