誇り高き不死鳥のフィーコに憑かれることになったあと。
だいぶ腹が減っていたので、俺は夜食をとることにした。
『ねぇ、どこに行くの?』
「川」
『なにしに行くの?』
「夜食」
『ふーん?』
俺が川沿いに歩いていくと、フィーコもふよふよとついて来た。好奇心旺盛なのか、俺のやることなすことにいちいち質問してきて面倒臭い。
フィーコを適当にあしらいつつ、1時間ほど進んだところで。
俺は親指を噛んで、川に血を垂らした。
『ねぇ、なにしてるの?』
「悪霊滅殺の儀式」
『……!?』
とか言っているうちに、血の匂いにつられた魚たちがすぐに集まってきた。
レベル3のデビルフィッシュだ。
どこにでもいるザコ魔物……とはいえ、レベル1の人間が川に入れば、一瞬で骨になるまで食い散らかされるだろう。
だが、さすがにレベル58となった今では敵にはならない。
俺は川面に手をかざした。
「――雷手」
手の中で、青白い雷が閃く。
ばちばちばち――ッ! と川面が光るとともに、魔魚たちがばしゃばしゃ跳ねては浮かび上がってきた。
気絶した魔魚たちをつかみ取り、首から血を抜いてエラと内臓を捨てていく。
『見た目が毒々しいけど……食べられるの、それ?』
「まぁ、海水魚と違って、淡水魚は全て食用可能だ」
『ふーん?』
身にも毒を持っているものが多い海水魚とは違い、淡水魚はとりあえず内臓を出して焼きさえすれば食べられる。だから、前世でも見知らぬ地を冒険したときに食料源として重宝していた。
「――手火」
川辺で焚き火をし、枝に刺した魔魚を炙る。
本来なら夜間の焚き火は、追われている身としてはNGな行為だ。炎光や煙はかなり目立つし、焚き火の匂いというのも意外と遠くからでも嗅ぎつけられてしまう。
だが、漂流して体も冷えきっていたので背に腹は代えられない。
まだ追っ手もかかっていないだろうし、“風操”の魔法で煙を散らせば、ある程度はごまかせるだろう。
「さて、そろそろ焼けたか」
『まだ生焼けじゃない?』
「これぐらいがちょうどいいんだ」
焦れったくなり、焼いていた魚にかぶりつく。
「……あぁ……美味い……」
久々のまともな食べ物に、思わず感きわまって泣きそうになる。
魔物の支配下でもそれなりに食べ物は与えられたが、どれも家畜の餌のようなものだった。もちろん味は最悪で、干からびたゲロを食べてるみたいなものだった。
あの地獄から、ようやく――解放された。
今になって、改めてそのことを実感する。
「この魚の味は……まさに自由の味だ」
『なに言ってるの?』
「はぐ……はぐ……ッ」
『……無視された』
口を火傷するのにもかまわず、獣みたいに魚にがっつく。
今日は朝からほとんど食事をとっていなかったから、かなり腹が減っていた。
まぁ、戦闘前になにか腹に入れても、戦闘中にだいたい吐くからな。
『……うぅ~』
と、フィーコが指をくわえて、こちらを見つめてくる。
霊体のくせに、よだれまで垂らしている。
「……食いたいのか?」
『べ、べつにぃ? 今までこういう料理を見たことがないから少し気になっただけであって、一口欲しいとかそういうのは全然いっさい考えてなくて、むしろそんな生焼けの魚を食べるなんて、やっぱり人間は野蛮ねと誇り高く再確認していただけだわ』
「すごい早口」
というか。
「魔物だって、人間を生で食べるだろ」
『あれは、生キャラメルとか生プリンとかと同じカテゴリよ』
「そういうものなのか」
魔物の食文化はよくわからないが、人肉は嗜好品の類なのだろうか。
「なら、この魚はいらないんだな」
ひょいひょい、と魚を刺した串を揺らしてみせる。
『あっ……あっ……』
猫じゃらしにつられる子猫のように飛びついてくる、誇り高き不死鳥。
それから、ついに魚をとらえるも……。
すかっ、とフィーコの手が魚を貫通した。
『……って、霊体だと食べられないじゃない!』
「今さらか」
誇り高き不死鳥、アホだった。
というわけで、俺はこれ見よがしに魚を食べてやる。
『うぅ~、あなたはやっぱり敵よ。いつか絶対にあなたを食べてやるわ』
「はっ……その前に、俺がお前を喰ってやるよ」
フィーコはそれから、しばらく膨れっ面をしていたが……。
すぐに俺の食事シーンを観賞しているのにも飽きたらしい。
別の話題を振ってきた。
『で、これからどうするのかしら? なにか今後のプランとかはないの?』
「とりあえず、魔物がいれば片っ端からぶっ殺す。魔物は消毒だ」
『完全にダークサイドの発言』
フィーコが肩をすくめる。
『そういうのじゃなくて、もっと具体的になにをするかよ。どこに向かうのかとか、どんな魔物を倒すのかとか』
「いや、お前にそこまで教える義理があるか?」
『むぅ……べつに、これぐらい教えてくれてもいいじゃない。一緒に旅するんだし』
「お前が勝手に憑いてきてるだけだろ」
俺とフィーコは仲間というわけではない。
仲がいいかどうかで言えば普通に悪い。
あくまで敵同士だし、協力関係と言えるかも微妙だ。
その関係を端的に言い表すとすれば……。
(……“共犯関係”、といったところか)
疑い合い、罵り合い、力を合わせて、心は合わせず、べつべつの企みのために“王”殺しという同じ罪を犯そうとしている。
いつ裏切り、裏切られるかわからない。
そんな歪な関係だ。
俺はまだこの不死鳥を信用しているわけではないし、必要以上に情報は与えたくはないが……。
「まあでも、べつに隠すことでもないか。頭フィーコでも少し考えれば察しはつくだろうしな」
『なんか今、この世界に新たな罵倒語が生まれた気がする……』
「というか……これからなにをするかなんて、決まってるだろ」
『ふぇ?』
「俺を見てわからないのか?」
座ったまま両腕を広げてみせる。
フィーコはしばし俺を眺めたあと、はっとしたように目を丸くした。
『まさか……』
「ああ、そのまさかだ」
俺はこくりと頷き返す。
「……お前のせいで装備も食料も全部なくなったから、調達しないとまずいんだよ」
だいぶ腹が減っていたので、俺は夜食をとることにした。
『ねぇ、どこに行くの?』
「川」
『なにしに行くの?』
「夜食」
『ふーん?』
俺が川沿いに歩いていくと、フィーコもふよふよとついて来た。好奇心旺盛なのか、俺のやることなすことにいちいち質問してきて面倒臭い。
フィーコを適当にあしらいつつ、1時間ほど進んだところで。
俺は親指を噛んで、川に血を垂らした。
『ねぇ、なにしてるの?』
「悪霊滅殺の儀式」
『……!?』
とか言っているうちに、血の匂いにつられた魚たちがすぐに集まってきた。
レベル3のデビルフィッシュだ。
どこにでもいるザコ魔物……とはいえ、レベル1の人間が川に入れば、一瞬で骨になるまで食い散らかされるだろう。
だが、さすがにレベル58となった今では敵にはならない。
俺は川面に手をかざした。
「――雷手」
手の中で、青白い雷が閃く。
ばちばちばち――ッ! と川面が光るとともに、魔魚たちがばしゃばしゃ跳ねては浮かび上がってきた。
気絶した魔魚たちをつかみ取り、首から血を抜いてエラと内臓を捨てていく。
『見た目が毒々しいけど……食べられるの、それ?』
「まぁ、海水魚と違って、淡水魚は全て食用可能だ」
『ふーん?』
身にも毒を持っているものが多い海水魚とは違い、淡水魚はとりあえず内臓を出して焼きさえすれば食べられる。だから、前世でも見知らぬ地を冒険したときに食料源として重宝していた。
「――手火」
川辺で焚き火をし、枝に刺した魔魚を炙る。
本来なら夜間の焚き火は、追われている身としてはNGな行為だ。炎光や煙はかなり目立つし、焚き火の匂いというのも意外と遠くからでも嗅ぎつけられてしまう。
だが、漂流して体も冷えきっていたので背に腹は代えられない。
まだ追っ手もかかっていないだろうし、“風操”の魔法で煙を散らせば、ある程度はごまかせるだろう。
「さて、そろそろ焼けたか」
『まだ生焼けじゃない?』
「これぐらいがちょうどいいんだ」
焦れったくなり、焼いていた魚にかぶりつく。
「……あぁ……美味い……」
久々のまともな食べ物に、思わず感きわまって泣きそうになる。
魔物の支配下でもそれなりに食べ物は与えられたが、どれも家畜の餌のようなものだった。もちろん味は最悪で、干からびたゲロを食べてるみたいなものだった。
あの地獄から、ようやく――解放された。
今になって、改めてそのことを実感する。
「この魚の味は……まさに自由の味だ」
『なに言ってるの?』
「はぐ……はぐ……ッ」
『……無視された』
口を火傷するのにもかまわず、獣みたいに魚にがっつく。
今日は朝からほとんど食事をとっていなかったから、かなり腹が減っていた。
まぁ、戦闘前になにか腹に入れても、戦闘中にだいたい吐くからな。
『……うぅ~』
と、フィーコが指をくわえて、こちらを見つめてくる。
霊体のくせに、よだれまで垂らしている。
「……食いたいのか?」
『べ、べつにぃ? 今までこういう料理を見たことがないから少し気になっただけであって、一口欲しいとかそういうのは全然いっさい考えてなくて、むしろそんな生焼けの魚を食べるなんて、やっぱり人間は野蛮ねと誇り高く再確認していただけだわ』
「すごい早口」
というか。
「魔物だって、人間を生で食べるだろ」
『あれは、生キャラメルとか生プリンとかと同じカテゴリよ』
「そういうものなのか」
魔物の食文化はよくわからないが、人肉は嗜好品の類なのだろうか。
「なら、この魚はいらないんだな」
ひょいひょい、と魚を刺した串を揺らしてみせる。
『あっ……あっ……』
猫じゃらしにつられる子猫のように飛びついてくる、誇り高き不死鳥。
それから、ついに魚をとらえるも……。
すかっ、とフィーコの手が魚を貫通した。
『……って、霊体だと食べられないじゃない!』
「今さらか」
誇り高き不死鳥、アホだった。
というわけで、俺はこれ見よがしに魚を食べてやる。
『うぅ~、あなたはやっぱり敵よ。いつか絶対にあなたを食べてやるわ』
「はっ……その前に、俺がお前を喰ってやるよ」
フィーコはそれから、しばらく膨れっ面をしていたが……。
すぐに俺の食事シーンを観賞しているのにも飽きたらしい。
別の話題を振ってきた。
『で、これからどうするのかしら? なにか今後のプランとかはないの?』
「とりあえず、魔物がいれば片っ端からぶっ殺す。魔物は消毒だ」
『完全にダークサイドの発言』
フィーコが肩をすくめる。
『そういうのじゃなくて、もっと具体的になにをするかよ。どこに向かうのかとか、どんな魔物を倒すのかとか』
「いや、お前にそこまで教える義理があるか?」
『むぅ……べつに、これぐらい教えてくれてもいいじゃない。一緒に旅するんだし』
「お前が勝手に憑いてきてるだけだろ」
俺とフィーコは仲間というわけではない。
仲がいいかどうかで言えば普通に悪い。
あくまで敵同士だし、協力関係と言えるかも微妙だ。
その関係を端的に言い表すとすれば……。
(……“共犯関係”、といったところか)
疑い合い、罵り合い、力を合わせて、心は合わせず、べつべつの企みのために“王”殺しという同じ罪を犯そうとしている。
いつ裏切り、裏切られるかわからない。
そんな歪な関係だ。
俺はまだこの不死鳥を信用しているわけではないし、必要以上に情報は与えたくはないが……。
「まあでも、べつに隠すことでもないか。頭フィーコでも少し考えれば察しはつくだろうしな」
『なんか今、この世界に新たな罵倒語が生まれた気がする……』
「というか……これからなにをするかなんて、決まってるだろ」
『ふぇ?』
「俺を見てわからないのか?」
座ったまま両腕を広げてみせる。
フィーコはしばし俺を眺めたあと、はっとしたように目を丸くした。
『まさか……』
「ああ、そのまさかだ」
俺はこくりと頷き返す。
「……お前のせいで装備も食料も全部なくなったから、調達しないとまずいんだよ」