『――このわたしが、“王”殺しに協力してあげてもいいわよ?』
フィフィの提案に、思わず目を見開く。
(魔物が人間に対して、協力を持ちかけただと……?)
そんなことは、人類史を紐解くまでもなく前代未聞のことだろう。
人間と魔物は相容れない。
食うか食われるかという関係を、この世界の始まりからずっと続けてきたのだ。
そんな人間と魔物が、手を組もうと――手を組めると。
この不死鳥は……そう言っているのか?
俺はしばし黙考してから、ゆっくりと答えた。
「いや、けっこうだ。海へお帰り」
『断られた!?』
「で、話はそれだけか?」
『え、まぁ……』
「そうか、わかった」
俺はその場で、ぐぐぐ……と伸びをすると、海に背を向けた。
休憩ならもう充分だろう。疲労はだいぶとれて、体の動きに支障もない。
となれば、すぐにでもこの目立つ海辺から離れたほうがよさそうだ。
「さて……それでは、行くとするか」
俺は海の反対側へと足を向ける。
この先になにが待ち受けているのかはわからない。
しかし、それこそが冒険の醍醐味というもの。
初めての冒険のときに感じた、あの高揚感を胸に……。
俺は一歩、足を前へと踏み出した。
きっと、俺はこの一歩を生涯忘れない。
そう……この始まりの一歩から、俺の冒険は幕を開けたのだった――――。
『――いや、待って! まだ新たな冒険の幕を開けないで! 話ぐらい聞いて、お願い!』
「うわ……」
なんか、フィーコがついて来た。
『なんで断るの!? まだ、なにも話してないじゃない!? まだ断る理由なんてないでしょう!?』
「いや、単純にお前のことが信用できない」
『うぐぅっ!? 一理ある!』
意外と素直に認めた。
「そもそも、お前に“王”を殺す理由なんてあるのか? 同じ魔物の仲間だろ?」
『それは心外ね。わたしは人間の敵だけど、魔物の味方というわけではないわ』
「へぇ?」
『それに……理由なら、あるわよ』
フィーコの表情に、暗い影がよぎる。
『……“王”がいるかぎり、わたしは……わたしは……』
言葉につまってから、やがてフィーコは意を決したように告げた。
『――働かないといけないの!』
「は?」
『……“王”は魔物たちにレベルに応じた階級を与えて、全種族を統合した新たな魔界を作り上げたわ。でもそのせいで、わたしのような爵位持ちは、領地管理のために働かされることになったの……今まで好き勝手に生きてきたのによ? ひどいと思わない?』
「…………それだけ、か?」
『それだけ?』
フィーコの顔から表情が抜け落ちる。
なんか地雷を踏んでしまったような気配がした。
『……どうせ、あなたにはわからないわよ。永遠に定年が来ない恐怖は……』
「いや……なんか悪かった」
『ともかくね、人間が魔物に支配されているように、魔物は“王”に支配されているの。でも……強者が弱者を支配するのは当たり前だと思って、今まで“王”に逆らおうだなんて考えたこともなかったわ』
「じゃあ、なんで今になって?」
『あなたと――出遭ってしまったから』
フィーコが透き通るような瞳で、俺をまっすぐ見すえてくる。
『わたしは今まで、戦っても勝ち目がないと決めつけて、“王”に逆らうことがなかったわ。魔物に家畜化されている人間たちと同じようにね。でも……あなたは違った。あなたはレベルの差だとか、勝ち目がないだとか、そんなことはおかまいなしだった。圧倒的に格上だとわかったうえで、わたしに挑んで、そして――勝利した』
不本意だけど、と口をとがらせながらフィーコが続ける。
『そのとき、わたしは思ったの。わたしの生き方はこのままでいいのかって。そして、もしかしたら……わたしとあなたの力が組み合わされば、“王”にだって勝てるかもしれないって』
「……? どういうことだ?」
『それはね――』
「……ッ!?」
フィーコは続きを言う代わりというように。
いきなり、俺の体の中に飛び込んできた。
ぶわ――ッ! と。
俺の体から爆発するように炎が噴き上がった。
辺り一面が、一瞬にして火の海になる。
これは先ほど、フィーコとの戦いのときに見たのと同じような光景だ。
気づけば、背中からは炎の翼が生えている。
「これは……お前の力か?」
『ご名答』
フィーコが俺の体から、ひょっこりと上半身だけ出してくる。
『わたしの肉体の依代になれば、あなたの体に一時的に【輪廻炎生】の恩恵を与えることができるわ。人間の【レベルアップ】の欠点は、戦って勝ち続けないといけないこと……だけど、この【輪廻炎生】の力が合わされば、あなたは何度死んでも蘇って、いずれは“王”をも超える世界最強へと至ることができる』
「たしかに、それが本当に可能ならば……反則的な天恵の組み合わせだな」
多くの人間がレベルを上げられない理由は、レベルを上げる途中で死んでしまうからに他ならない。
レベルが高くなるにつれて、低レベルの魔物を狩ってもレベルがほとんど上がらなくなっていく。効率よくレベルを上げようと思ったら、より強い魔物を狩り続けないとならないが、それはあまりにもリスクが大きい。
しかし、もし――“コンティニュー”が許されるのだとしたら?
『ねぇ……わたしたちって、最凶のコンビになると思わない?』
「……その可能性はあるな」
『でしょう? だから、ね……?』
フィーコが悪い笑みを浮かべて。
ふたたび、こちらに手を差し出してきた。
『――わたしと一緒に、この世界を革命してやりま……』
「いや、それは1人でやれよ」
『また断られた!?』
「で、今度こそ話はそれだけか?」
『ま、待って!? わたしといれば死ななくて済むのよ!? 断る理由なんてある!?』
「いや、単純にお前のことが信用できない」
『同じ理由だった!?』
「そもそも、なんかお前って裏切りそうな顔してるし」
『顔がNG!?』
「どうせ利用するだけして、少しでも自分が危なくなったら、俺を魔物に突き出して責任逃れするつもりだろ」
『ぎくぅぅッ!? そ、そんなことは、なななななッ!』
誇り高き不死鳥、すごくわかりやすかった。
「じゃあ、そういうことで」
俺はフィーコに別れを告げて、今度こそ背を向けた。
ふいに脳裏に蘇ってくるのは、今日の記憶だ。
初めてのレベルアップ、魔物に支配された町からの脱出、そして不死鳥との戦闘……。
転生してからの18年間を軽く上書きしてしまうぐらい、てんこ盛りな1日だった。
しかし、これからの冒険では、もっといろいろなことが起こるのだろう。
「さてと」
月光を含んだ夜風を、俺は胸いっぱいに吸い込んだ。
それから、改めて前を見すえる。
――さぁ、今一度……冒険の旅を始めよう。
この手にはまだ、なにも握られていないけれど。
この高鳴る鼓動を羅針盤にして、このみなぎる勇気を剣にすれば、きっとどんな険しい道のりだって乗り越えていけるはずだ。
俺は一歩、前へと踏み出す。
そして、俺の冒険が今、幕を開けたのだっ――――。
『――待って! 幕開けるの、いったんストップ! お願いだから、待ってよぉ!』
「うわ……」
フィーコがすごい必死な形相で追いかけてきた。
『わたしの体をこんなことにしておいて放置とか嘘でしょう!? このままだと退屈で死ぬわ! やだやだやだやだ――ッ! つれてってぇ――ッ!』
「……おい、不死鳥の誇りが行方不明になってるぞ」
『そんなもの、もう――ないッ!』
誇り高き不死鳥、潔かった。
俺は溜息をつく。
「……お前がなんと言おうと、俺は魔物と仲間になる気はない」
『うぅ~……』
「だが」
と、俺は続けた。
「お前の生き方は、お前が勝手に決めればいい」
フィーコは目をぱちくりさせたあと。
俺の言わんとすることを理解したらしい。
『ふんっ……なら、わたしは勝手にあなたに憑いていくわ』
すねたように、そっぽを向きながら言う。
『やっぱり、あなたはわたしの敵よ。“王”を殺したあかつきには、わたしがあなたを食べてあげるんだから』
『はっ……やってみろよ。そのときは、今度こそお前を討伐してやる』
そんなこんなで、俺の冒険に1匹の敵が同行することになりましたとさ。