第2ボタンより欲しいもの。 ~終わらない初恋~

「そうだよー。だってアンタ達、中学時代からあんな感じだったじゃん? でもさぁ、なんかあれが見てて微笑ましかったんだよね」

「…………」

(あたし達って、周りからはそう見えてたんだ……)

 絶句した真樹は、今更ながら気づいた。

「で? もうアイツに告ったの? それとも告られた?」

「……まだどっちもナシ。でも、同窓会が終わった後にまた話すことになってるから」

 その時に、もしかしたら何らかの進展があるかも。――真樹はそう続けた。

「へえ~、そっかぁ。っていうかさ、岡原(アイツ)のアンタに対する態度って、すごい分かりやすかったよねー」

 美雪の言葉に、真樹以外の四人が一斉にうんうん、と頷く。

「えっ? どういうこと?」

 真樹一人だけが、合点(がてん)がいかずに目をパチクリさせている。

「んーとね、思春期の男の子にはよくあることなんだな。好きな女の子についついちょっかい出したくなるっていうのはさ。――ま、お子ちゃまの真樹には分かんなかっただろうけどね―」

「お……っ、お子ちゃま!?」

 真樹の声が跳ね上がった。

「だって、岡原が初恋だったんでしょ?」

「う……っ、うん、そうだけど……」

 痛いところを衝かれ、真樹はたじろぐ。

「そして今でも、未練たらしく想い続けてるけど」

 ということは、真樹は今も〝お子ちゃま〟のままということだろうか?

「そんなに(にら)まないでよ、真樹ぃ。あたし別に、そういうイミで言ったんじゃないから。アンタのそういう一途なとこ、あたしキライじゃないし、むしろ尊敬してるんだよ」

「あ……、そうなんだ」

 美雪は真樹が知る限り、高校の頃から彼氏が何人もコロコロ変わっていた。もしかしたら、他にもいたかもしれない。
 それくらい()れっぽい美雪だから、たった一人の相手をずっと想い続けていられる親友(まき)のことが(うらや)ましくて仕方がないのだろう。

「だからさ、岡原の本心に気づいてなかったのも、すごいアンタらしいなぁって思ったワケよ」
「はあ。……ってことは、ちょっと待って! 岡原のあたしに対する態度って、『好き』て気持ちの裏返しだったってこと!?」

「うん、さっきからそう言ってる。っていうかアンタ、今ごろ気づいたの?」

 美雪が呆れてツッコんでくる。「鈍感(ドンカン)」と言われた気がして、真樹は苦虫を()(つぶ)したような顔で頷いた。

「……だってさぁ、あの頃のあたしはそんなこと知らなかったんだもん! なんで素直に態度で表してくれなかったんだろ?」

「そこがオトコ心の複雑なとこなんだよね。五年もかかっちゃったけどさ、今日岡原の正直な気持ち聞けるんだから」

「……だね」

 又聞きだけれど、真樹は岡原の本心(らしきもの)を聞くことができた。
 今日、この同窓会が終わったら、長く燻ぶっていた初恋にもようやく決着がつく。
 やっと、前に進める。

「――ほら、早く行こっ!」

「うん!」

 親友(みゆき)の呼びかけに元気よく答え、真樹は歩くスピードを少し速めた。

 ――十二時を少し過ぎて体育館に着くと、中には岡原達のグループや当時のクラス担任や各教科担当の先生達を含めたほぼ全員が揃っていた。

(今日来られなかった子も、中にはいるんだろうな……)

 案内状は、同級生全員に届いていたはず。几帳(きちょう)(めん)な田渕くんのことだから、そこに抜かりはないと思う。

 ただ、現在サービス業で働いている子も多いだろう。真樹は運よく今日休みが取れたからいいものの、残念ながら休みが合わずに欠席した子だっているだろう。

「――そういえばさ、今日一日、学校貸し切りになってるらしいよ」

 体育館の入り口で来客用スリッパに履き替えながら、美雪が言った。

「そうなの? ……あ、どうりでどこの部活もやってないワケだ」

 真樹は納得した。そういえば、今日は一人も在校生に会っていないなと思い返す。

 たとえば、運動部だったら祝日でもグラウンドや体育館、テニスコートなどで練習や試合などをしていてもおかしくないのだ。
 ところが、今日は本当に一人も見かけていない。顧問の先生が何人か同窓会に出席すると決まっていたからかもしれない。

「――麻木さん、久しぶりね。今日はよく来てくれました」

 真樹達を出迎えてくれたのは、三年生の頃にクラス担任だった英語教諭の山村(やまむら)()(こと)先生だ。

「山村先生、ご無沙汰(ぶさた)してます。先生、お元気そうですね」

 真樹は丁寧に挨拶した。 

「ええ、元気よ。他の子達とは今でも会えるけど、麻木さんにはなかなか会えないから。――ああ、作家デビューしたそうね。おめでとう」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 山村先生は真樹が所属していた文芸部の顧問でもあったので、作家・麻木マキとしても彼女は〝恩師〟なのだ。だから、恩師からの祝いの言葉は真樹にとって、何より嬉しいものだった。

「教え子が夢を(かな)えてくれるほど喜ばしいこと、教師にはないもの。実はね、わたしも麻木さんの本読んでるのよ。全刊ね」
「えっ、ホントですか!? 嬉しいな!」

「真樹のファン、こんなとこにもいたんだ。岡原もそうなんですよ、先生」

 美雪が(よこ)(やり)を入れてきた。山村先生が目を瞠る。

「岡原くんって、一組にいた岡原くん? あら、意外ねえ」

「先生……。あたしも最初にそれ聞いた時、そう思ったんで気持ち分かります」

 恩師のコメントがあまりにも(しん)(らつ)だったので、真樹は苦笑いした。

 ちなみに山村先生は真樹の中学時代、彼女の恋を応援してくれて、何度か協力してもくれたことがあるのだ。

「そういえば今日、岡原くんも来てるわね。麻木さん、もう彼と話した?」

「はい、さっき少しだけ。――なんか、逞しくなっててビックリしました。中学の頃は細かったから」

「でしょうね。五年も経てば、あなた達くらいの年代の子達の変化は(いちじる)しいでしょう。わたしの歳になるともう、ただ()ける一方よ」

 自虐混じりに肩をすくめる元担任に、美雪が鋭いツッコミを入れた。

「先生って今年、三十六歳でしたよね?」

「美雪っ!」

 真樹が小声で親友をたしなめる。「まだ若い」と言いたかったのだろうけれど、女性に対して年齢の話は()法度(はっと)である。

「あ……。先生、ゴメンなさい」

「山村先生! 先生は全然変わってないですよ! 今も十分(じゅうぶん)若々しいです!」

 美雪が小さく謝るのにおっ(かぶ)せて、真樹は慌ててフォローした。

「あらぁ、そう? ありがとう」

 真樹のフォローがよかったからなのか、それとも美雪の一言が聞こえなかったからなのか、山村先生は上機嫌だった。

(接客業やってると、こういう時便利だな)

 真樹はこっそり思った。どういう業種であれ、客の機嫌を損ねることだけは絶対にしてはいけないのだ。

「――ねえ先生、みんなクラスごとに集まってるんですか?」

「ええ、一応。一旦各クラスごとに出欠の確認取ってもらって、一人ずつ近況報告とかしてもらったら、あとは自由に固まってくれて構わないから」
(なるほど。だから岡原もおんなじクラスだった友達とだけ一緒にいるワケね)

「分かりました。じゃあ先生、また後で」

 真樹は山村先生に会釈すると、同じクラスだった美雪と二人の友達を「行こ」と促し、二組の子が集まっている一画へ行った。

****

「――おっ、麻木やないかぁ! 元気そうやなぁ」

 その途中で一組の集団の横を通りかかった真樹の耳に、しゃがれ声で発せられた豪快な関西弁が飛び込んできた。

「わっ、(はし)()先生! 懐かしいな。お元気ですか?」

 声の主は、社会科教諭で一組の担任でもあり、岡原が所属していたサッカー部の顧問でもあった橋間一男(かずお)先生。関西弁なのは、出身が兵庫(ひょうご)神戸(こうべ)市だかららしい。

 真樹達が中三の頃にはすでに五十七~八歳だったので、現在は還暦(かんれき)を過ぎているはずなのだけれど。その豪快ぶりは今も健在だ。

「おう、ワシは元気やで! もう教師も定年退職して、今はのんびり喫茶店やっとるわ。(おもて)参道(さんどう)やけど、一回店においでや」

「へえ、喫茶店……」

「そうや。元教え子にはサービスしたるさかいな」

「おいおい! そんなんで商売になんの、オッサン」

 横から岡原がからかってきた。のはいいとして(いや、よくはないか)、元担任を〝オッサン〟呼ばわりするのはどうなんだろう、と真樹は思う。

「いや、ならんな。……ってコラ、岡原! 誰がオッサンじゃい!」

 ノリツッコミのついでに岡原を(しか)り飛ばす橋間先生。さすがは関西出身である。

「そうだよ、岡原。ダメじゃん、先生のことオッサン呼ばわりしちゃ!」

 真樹も便乗して、岡原をたしなめた。

「だってオッサンじゃん。六十過ぎてるし」

「そういう問題じゃないでしょ!? アンタに先生を(うやま)おうって気は――」

「ええねや、麻木。コイツはいっつもこんなんやさかいな。ワシとじゃれ合うんが楽しみなんや」

「えー、楽しみ?」

 オウム返しにした真樹は、この二人ってまるで父子(おやこ)みたいだなと微笑ましく思った。 
(そういえば、岡原の家も母子家庭だったっけ)

 どうして父親がいないのかは知らないけれど、彼の母親は看護師をしていて、確か四つ年上の姉がいたと思う。
 そんな彼にとって、橋間先生は父親のような存在なのかもしれない。

「センセー、もういいじゃんその話は!」

「そうやな。今日はこんくらいにしといたろか。ほな麻木、また後でな」

「はい」と返事をして、真樹は美雪達と一緒にクラスメイト達の元へ向かったけれど。

「――ねえ美雪、〝また後で〟って? 近況報告とかした後に何かあんの?」

 そういえば、同窓会で具体的に何をするのか、何も聞いていなかったのだと気づく。

「んーとね、確かお昼ゴハンにお寿司の出前(デリバリー)取ってて、カラオケもあるとか聞いたけど。しかも、この体育館で」

「えっ、マジで!? カラオケ機器(マシン)、ここに持ってきてんの!?」

「らしいよ。幹事の田渕くんが張り切って準備してたらしいから」

「へえ……、そうなんだ」

 田渕くんらしいな。――真樹は思った。
 生徒会長をしていた時も、体育大会や文化祭などの学校行事に力を入れていた彼だ。今日の同窓会の内容だって、きっと「どうしたらみんなが楽しんでくれるか」と一生懸命(けんめい)知恵を絞ったことだろう。

 ――真樹と美雪、そしてあと二人の友達がかつてのクラスメイト達と合流した頃。

『皆さん、こんにちは。今日は集まってくれてありがとう』

 先ほどの放送と同じ声がマイク越しに()こえてきて、大柄でガッシリした体格の青年がマイクを手にしてステージ上に現れた。

『僕は二〇一五年度、生徒会長の田渕剛史です。まあ、体型もこんなに変わっちゃったから、面影もほとんどないだろうけど』

 田渕くんの挨拶の後半はほぼ自虐で、これには一同がドッと()いた。

 とはいえ、みんなそうだ。卒業アルバムに載っている五年前の顔と全く変わっていない子なんて、誰ひとりいない。
 真樹には真樹の、岡原には岡原の五年間があったように、みんなにもそれぞれ違う五年という月日が流れていたはずである。

 同じ高校に進学していても、中退するか卒業するかという違いがでてくるし、卒業後の進路だってバラバラのはず。
 真樹や美雪のように社会に出た子、大学や短大に進んだ子、専門学校に進んで自分の夢を追いかけている子……。

(でも、みんないい表情(かお)してる)

 真樹はそう思った。少なくとも、この中に人生を悲観している人はいない、と。
 きっとみんな、自らが納得のいく道を選んでいるのだろう。たとえ苦労したり悩んだりしても、後々(のちのち)その苦労や悩みさえ「いい経験になった」と思えるような――。

『――えーっと、ちなみに僕の近況ですが。今は大学で経営学を学んでます。卒業したら自分で会社を起業しようと思ってます。彼女は……いません! 以上です!』

 田渕くんは、挨拶をそう締めくくった。
 同級生達の反応はというと、「起業する」という言葉には「おおーっ」「わぁーっ」とどよめき、「彼女はいない」と暴露(ばくろ)したところでは一同大爆笑になっていた。

 中学の頃は知らなかった。彼にこんな大きな夢(というか野望?)があったなんて!
 みんなと一緒に驚いていた真樹だったけれど、別の部分でポカンとしていた。

(「彼女いない」とか、その情報いるんだろうか……)

 というか、それを聞いた女子はどうリアクションすればいいんだろうか? それとも、今ここに彼が想いを寄せていた女子がいて、「自分は今フリーだぜ!」とアピールしたいのだろうか?

(いや、いくらそれアピールしたところで、相手にその気がなかったらイミないと思うけど……)

 それはそれで、スベったようになってちょっとみっともないかもしれない。

『――じゃあ、ここからは近況報告会にしまーす! 一組から順番に、一人ずつステージに上がってきて下さーい!』
 田渕くんの呼びかけで、元一組の出席番号一番の青山(あおやま)くんがステージに上がる。

 田渕くんがそうしたいか、男女を問わず〝恋人の有無〟を言うのが決まりになってしまったようだ。みんな恋人がいるかいないか必ずカミングアウトしていた。

 そして、出席番号七番の岡原の順番はすぐに回ってきた。

(アイツは一体、何て言うんだろう……)

 ここまできたら、彼女がいるかいないかを打ち明けるのはもう決定事項のようなものなので、当然彼も言わされる羽目(ハメ)になるのだろう。
 真樹としては、想いを寄せている岡原のそんな話を聞きたいような、聞きたくないような……。

(そもそもアイツ、そういう話したがるのかな。しかも人前で)

 彼女にはそれが疑問だった。
 中学の頃の彼は、恋バナなど積極的にするタイプではなかった。女子から人気はあったけれど、鈍感だからなのか自分が「モテている」という自覚はほとんどなかった。

 でも卒業して五年が経ち、大人になったから彼だって変わったかもしれない。

 それに……、考えたくはないけれど、この五年の間に彼女ができていてもおかしくないのだ。――それはそれで、真樹は複雑なのだけれど。

『えーっと、出席番号七番、岡原将吾です。おととし定時制高校を卒業()て、車の修理工やってます! 中卒で入ったから、えーっと。ん? 六年目? んで、彼女は……』

(えっ、どっち? どっち?)

 真樹はドキドキしながら、彼の次の言葉を待った。――のだけれど。

『彼女は……ノーコメントってことで! 以上!』

「…………へ?」

「「「ええーーーーっ!?」」」

 真樹が間の抜けた声を出したのと、すでにカミングアウトを終えている子達がどよめいたのはほぼ同時だった。次の瞬間、怒涛(どとう)のようなブーイングが起こる。

「岡原、ズルいぞ!」

「ノーコメントってアリかよ!? そんならオレだってそう言ってたわ!」

「あたしだって、勇気ふり絞って『彼氏いない』ってカミングアウトしたのに!」
 男子はもちろんのこと、女子からもブーイングを受けたのには、岡原当人はもちろん真樹も苦笑いしていた。

(アイツ、うまい逃げ方したもんだな……。う~ん、でもコレはコレでよかったかも。あたし的には)

 彼がもし「彼女がいる」と言っていたら、それを聞かされた真樹はどれほどショックだったろうか。

「ノーコメント」と言えば、彼もそれ以上突っ込んで訊かれることもないし、後に続く同級生達にもこれで第三の選択肢ができたことになるので、強制的に恋人の有無を言わされると思っていたみんなも、もちろん真樹もホッとした。

(……でも、あたしは逃げないけどっ)

 真樹は今日、岡原に自分の想いを打ち明けるつもりでいるのだ。そのためには、彼のいる前でウソやごまかしなく、自分が今フリーであることを正直に言った方がいい。

 ――一組の近況報告も、最後の一人が終わろうとしていた。真樹はこの次。二組の出席番号一番である。

『――えー、では二組に移ります。まずは、今や僕達の中で一番の有名人になった麻木真樹さん、ステージへどうぞ!』

 田渕くんがそんな紹介をしたので、みんなが「わぁーっ!」と大歓声と拍手で壇上に上がる彼女を迎えた。

(わ……! あたし、みんなからめっちゃ注目されてる……!)

 もともと目立たないうえに、人の注目を浴びるのが苦手な真樹にとって、今のこの状況は冷や汗ものだった。
 デビューがきまった時も授賞式があったわけではなく、賞状が直接郵送されてきただけだったし――。

 でも、ついさっき「逃げない」と決めた手前、このまま何も言わずにステージから降りるわけにもいかない。

(女は度胸(どきょう)! よしっ!)

 腹を(くく)った真樹は、田渕くんからマイクを受け取ると、深呼吸をひとつして口を開く。

『はーい! 先ほど田渕くんからご紹介にあずかりました、ライトノベル作家の麻木マキでーす! 去年、念願の作家デビューを果たしました! でも今はひとり暮らししてて、家賃とか光熱費も自分で払わないといけないから、豊島区の本屋さんで働きながら本業も……って感じです』