「ここからはひとりで大丈夫? もし不安だったら、最寄り駅まで送るけど」

 駅の前でも佐川店長はわたしを気にかけてくれたけど、その申し出は断った。
 もし付いてきてもらえたら心強いけど、店から徒歩で通える距離に住んでいるという店長に、そこまで甘えられない。

「お疲れさま。気を付けて帰ってね」
「お疲れさまです」

 丁寧にお辞儀して店長と別れてから、まだ人の往来がある駅の改札へと向かう。
 カバンからパスケースを取り出そうと一瞬立ち止まると、突然後ろからポンッと肩を叩かれた。

「ゆーなちゃん」

 鼓膜を揺らす、ざらりとした声に、背筋が冷えた。声と、漂ってくるきつい香水の匂いで、振り向くまでもなく、肩をつかんでいるのがさっきの男だとわかる。
 もう立ち去ったと思っていたのに、いったいどこから見られていたんだろう。

「どうして他の男と帰ってきちゃったの? オレが駅まで送るって言ったのに」

 耳元で男が何か話していたけれど、怖すぎて内容が頭に入ってこない。
 助けを求めたくても、恐怖で声が出なかった。

「ねぇ、ゆーなちゃん。連絡先教えてよ。そしたら、バイトの後はいつもオレが店まで迎えに行ってあげるから」

 しつこく絡んでくる男は、わたしの肩をつかんだまま離そうとしない。
 通行人たちはわたし達の異様な雰囲気に気付かないのか、敢えて気付かないフリをしているのか、誰もあいだに入って助けようとはしてくれなかった。

 このまま逃げられなかったらどうしよう……。
 泣きそうになっていると、正面から誰かがわたしたちに近付いてきた。