「ゆーなちゃん、今一緒にいた人は、君の彼氏か何か?」
引き戸を背にして立った佐川店長が、落ち着いた声でゆっくりとわたしに問いかけてくる。
「全然! 全く知らない人です」
彼氏なんて、とんでもない。
興奮気味に首を左右に振ると、佐川店長が「しーっ」と唇に人差し指をあてて、わたしと目線が合うように姿勢を低くした。
「やっぱり、そうだよね。だったら、今からなるべくゆっくりスタッフルームに行って戻ってきて」
「え?」
「忘れ物のスマホはスタッフルームのテーブルの上。あいつが諦めて立ち去るように、時間稼ぎをしてみよう」
「でも、ずっとそこで待ってたら……」
知らない男に手首をつかまれた感触や、髪を撫でられそうになった恐怖が、まだ生々しく残っている。
わたしを舐めるように見てきた男の目を思い出して身震いしていると、佐川店長が気遣わしげに眉根を寄せた。
「うん、怖かったよね」
ゆっくりと静かに話す佐川店長の声が、わたしの心を少しだけ落ち着かせてくれる。
まだ震えている両手を握り合わせて視線をあげると、店長が目元を下げて柔らかく微笑みかけてきた。声をかけてきた男とはまるで正反対の、温かく包み込むような笑顔が、わたしの胸を攫っていく。
面倒見が良くて、店の社員やバイトスタッフ達に慕われている佐川店長。ちょっと面倒見が良すぎるところがあって、普段は「若いのにお父さんみたい」とほかのバイトスタッフ達とからかって笑ったりしてたけど……。佐川店長の落ち着いた笑顔や声には、大人の男の人の頼もしさや安心感がある。